第35話
心身ともに疲れていた。
どれだけ働いてもその報酬のほとんどは薬代に消える。
それが嫌だったわけではない。
育ててくれた恩人のためなのだ。この命が無くなるまで尽くしたとしても返しきれない恩がある。
ただ、生活を削ってまで買ってきた薬でさえ彼の命を繋ぎ止めておくことしかできないことが虚しかった。
ギルドには何度も足を運んだ。
森に入っている冒険者たちにもっと詳細な報告を送るように伝えてくれた頼んだり、あるいは依頼を受けるパーティーを変えてくれと頼んだりした。
ギルドの職員はいつも困ったような表情で「調整します」と言うだけだった。
全てに絶望していた。
どうすればいいのかわからず、いっそのこと自分で蛇に挑めばいいのではないかと何だと思った。
勝てるわけがないのはわかっている。
それでも、今のように無力感を味わうことはないのではないか、と。
そんなおり、馬車で村に帰る途中で街道を歩く幼い少年少女を見つけた。
そういえばギルドが毎年行っている冒険者になるための試験が今年も行われている時期だったなと思い浮かぶ。
呼び止められて、話を聞く。
思った通りに彼らは志願者で、第一試験が終わり第二試験のために町に帰るところだと言う。
乗せて欲しいと頼まれて最初は断ろうと思った。
そんな暇はないし、何よりも冒険者を信じられなかった。
彼らはまだ冒険者ではないが、俺からしてみれば同じだった。
気が変わったのは彼らのうちの一人、イトムという少年が第二試験の話をしていたからだ。
「第二試験は町の人達の頼みを聞いて問題を解決するという内容なんです。何か困ったことがあればお手伝いさせてください」
屈託のない笑みでそう言う少年。
すぐにその横のトーヤという少年が口を挟む。
「でもよ、試験内容は『町の人間』ってなってるぜ? 周辺の村や旅の商人なんかは対象外なんじゃないか?」
トーヤ少年のその言葉を聞いてため息が出る。
所詮この子達も同じか。転生者という立場に溺れ自分の利益しか見えていない他の冒険者たちと。
そう思ってしまった。
今にして思えばトーヤ少年のその言葉に深い意味はなく、ただの確認であったのだとわかるのだがその時の俺は曲解してしまうほどには前が見えていなかったのだ。
トーヤ少年の言葉にイトム少年は笑っていた。
「関係ないよ。困ってる人がいるならそれを助けるのが冒険者の仕事だからね」
屈託も裏表も無いその笑顔を見ていたはずなのに、結局俺は何も見ていなかったのだ。
脳裏に浮かんだのは良くない考えである。
「彼らに森の奥、蛇の魔物のところまで行ってもらおう」
どうしてそう思い立ったのか、今となっては上手く説明できない。
疲れていたから……というのは言い訳になる。
ただ一つ言えるとするのなら俺が弱かったからだろう。
精神的にギリギリの局面になって、今までひた隠しにしてきた心の中の醜い部分がスッと顔を出したのだ。
それを出してしまったのが俺の弱さであり、何よりも醜い部分だった。
彼らを利用して森の奥まで行かせて、蛇の魔物と戦わせればいい。
きっと彼らでは倒さないだろう。
もしかすると彼らは命を落とすかもしれない。
そうならなくても大きな怪我をするだろう。
そうだ、それでいい。
被害にあったのがただの村人ではなく、冒険者を目指す志願者たち。奴らと同じ転生者だったのならギルドも冒険者も今よりももっと必死になってくれるかもしれない。
自分の弱い心が生み出したそんな悪魔のような囁きに俺は身を委ねてしまった。
♢
シェーマさんは崩れ落ちるように地面に伏せると涙を流した。
彼の口から出た計画は終始自分を責めるように語られていて、聞いていて胸が苦しくなる。
「気づいていたのだな……。今にして思えばほんの一時の気の迷い。どうかしていたとしか思えない。それでも思ったことは事実。自分勝手に詫びるつもりもない。お前たちは村の他の人間に頼んで町まで送ってもらう。だからそこをどいてくれ……俺に責任を取らせてくれ」
シェーマさんはそう言って頭を地につけた。
大人がそうしているのを僕は初めて見た。
成人したとはいえ、僕の体はまだまだ成長の途中でシェーマさんに比べるとまだまだ体格で劣る。
それなのに、土の上でうずくまる彼の姿は随分と小さく見えた。
その彼の行動に僕が何かするよりも少し早く、隣にいたトーヤが動き出す。
彼は地に伏せるシェーマさんの両肩を掴み、無理矢理顔を上げさせると今度はその胸ぐらを掴んで立たせる。
すごい力だ。
彼が怒っているのがわかる。
「立てよ、おっさん。くだらねぇことグダグダ言ってんじゃねぇ。死にてぇなら勝手に死ねばいい。俺たちにそれを止める権利はねぇからな。だがな、そう言うことを言いたいんならてめぇの家族や友人に全てを伝えて、関係を全部精算してから言いやがれ! 自分一人で全て抱え込んだつもりになって、大事な家族にあんな顔させんじゃねぇよ!」
トーヤはそう言ってシェーマさんの首を無理矢理振り向かせる。
彼の目にもようやく映っただろうか。
いまだ苦しそうに床に伏せるアルトさん。
そして、その傍らで跪いたまま目にいっぱいの涙を浮かべてシェーマさんを見つめるダンさんとアリアネさんの姿が。
転生してない最強賢者〜生まれ持ったスキルがなくても魔法で何とか成り上がります〜 六山葵 @SML_SeiginoMikataLove
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。転生してない最強賢者〜生まれ持ったスキルがなくても魔法で何とか成り上がります〜の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます