第34話
アルトさんを苦しめたのはその傷の大きさよりも蛇の魔物が牙から出す猛毒の方であった。
じわじわと体の自由を奪い、最後には絶命させるその特別な毒に村の近くで採れる薬草程度では太刀打ちができない。
本人の強い精神力と遠く離れた町からシェーマさんが仕入れてくる高い薬のおかげで彼はおよそ半年もの間、毒と戦い続けることができたのだ。
僕たちが村に戻った時、小屋の中で眠るアルトさんはもう既に虫の息だった。
その傍らで涙を浮かべはアリアネさんをシェーマさんが抱き止める。
「やはり、彼らにはもう任せておけん。俺が直接あの魔物を倒しに行ってやる」
そう言って立ちあがろうとするシェーマさんをアリアナさんは泣いて止めた。
「ダメよ! 父さんでさえ逃げるのがやっとだったのに、あなたが行ってもどうにもならないわ。あの冒険者の人たちに任せるしかないわ」
そういう彼女の顔はとても苦しそうだった。
ゆっくりと死に近づく父親を前にして何もできない自分を恥じているようだ。
「『あの冒険者の人たち』というのは一体誰のことですか?」
話の途中だったが、僕はどうしてもそれが気になって二人に尋ねる。
シェーマさんは俯きながらも説明してくれた。
アルトさんが蛇の魔物に襲われ、その身に猛毒を受けながらも何とか村に帰還した後、村人たちは村から一番近いサンリーフの町のギルドに救援要請を出したそうだ。
ギルドは報酬として割と高額なお金がかかる代わりにこういった緊急性の高い依頼を引き受けてくれる。
村の全員で何とかお金を出し合って依頼を出したところ程なくしてサンリーフから冒険者のパーティーがやってきた。
「これで村は救われる。蛇の魔物を倒せればアルトの傷も良くなるだろう」
やってきた冒険者を見て誰もがそう思ったという。
高価な鎧を身に纏った彼らは一部の隙もない強者の雰囲気を醸し出していた。
ただ酷く無愛想で、魔物が最後に出現した場所を聞くと苦しそうに呻くアルトには目もくれずに森の中へ消えていったそうだ。
「それから半年。今だに蛇は倒されていない」
悔しそうにシェーマさんは言った。
その言葉に僕たちは驚く。
最初の一ヶ月は村の人たちも討伐の知らせを心待ちにしていたそうだ。
しかし二ヶ月が経ち、三ヶ月が経っても森に入った冒険者たちからは「現在調査中」という事務的な報告がギルドを通して来るだけだった。
痺れを切らしたシェーマさんは村の若者を連れて森に入り、直接彼らを尋ねたこともあったと言う。
しかし、「ここは危険だからすぐに立ち去れ」と決まり文句のように言われてあしらわれるだけだった。
「よっぽど強い魔物なのかしら。それにしても半年も戦い続けるなんて長すぎるけど……」
ルーナが言う。
シェーマさんは両膝を地面について項垂れている。
そして、悔しそうに地面を殴りつけた。
「俺だってそうだと思いたいさ。だけど、アイツらの鎧にはいつだって傷一つついていないんだ。戦っているようには思えない」
シェーマさんはその思いをずっと胸の内に貯めていた。
魔物と戦えるのは冒険者だけ。
その冒険者が魔物を倒すのにどれだけ時間がかかっても自分にそれを責める資格はない。
全部自分が弱いのがいけないのだと言い聞かせてきた。
いつか、依頼を受けてやってきた冒険者たちが蛇の魔物を倒してくれると信じるしかなかった。
それまで自分にできることはアルトさんのために薬を運ぶことだけだと彼は踏ん張ったのだ。
毒を消す薬はとても高価でシェーマさんの稼ぎでは纏まった量を買うことができない。
それでもほとんど毎日馬車を走らせてクジュリと村を行き来した。
一日の稼ぎの大半は薬を買うお金で消えた。
「でももう我慢できない。俺が直接蛇を倒しに行く」
そう言ってシェーマさんは立ち上がる。
しかし、その前に立ちはだかったのは他でもない僕らだった。
僕は最初、ただ彼をこのまま行かせたくないとおもった。
今まで魔物と戦ったことがない彼が行くのはただの自殺行為。
むしろ、シェーマさんは死にに行こうとしているのではないかと思った。
だから勝手に身体が動いて、彼の行く手を阻むように立ち塞がったのだ。
その時、僕の後ろにはトーヤとルーナ、シキの三人がいた。
誰も何も言わなかったのに、僕たちは同じようにシェーマさんの前に立っていた。
「どいてくれ。これは俺の問題なんだ」
シェーマさんはそう言って僕たちを押し除けようとする。
でも、その言葉が嘘だと僕は思った。
「シェーマさん、なら貴方はなぜ僕たちを馬車に乗せてくれたんですか?」
僕の問いに彼は目を見開く。
口ぶりからして彼が冒険者に抱く不信感は随分と大きいように感じる。
それなのに冒険者を志願する僕たちを優しくも乗せてくれたのは何故なのか。
それも、僕たちは金銭を支払えるわけではない。
荷運びの手伝いこそしたが、毎日村によっているシェーマさんからすればそれは些細なことだろう。
僕はシェーマさんが僕たちを乗せたのは別の目的があったのだと彼の話を聞いて思った。
これはあくまでも予想でしかないのだが、僕たちを馬車に乗せたお礼として森の中の魔物の様子を見に行かせようとしていたのではないかと。
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