第33話
僕たちを呼び止めたのは村の若い青年だった。
シェーマさんと馬車の前で話をしていたのを見かけている。
彼は名前をダンといい、シェーマさんの幼い頃からの知り合いなのだそうだ。
「シェーマ! アリアナの親父さんが大変なんだ。すぐに村に引き返してくれ」
僕たちは村から出て間もないが、それでも馬車に追いつくというのは大変だろう。
乱れた呼吸を整える暇もなくダンさんは息を切らしながらそう言った。
明らかにシェーマさんは動揺した様子だった。
わざわざ出立した彼を呼び止めに来るほどのこと。よほどの一大事なのだと関係のない僕たちにも察しがつく。
それでもシェーマさんは取り乱すこともなく僕たちの顔色を伺った。
「構いません。戻りましょう」
シェーマさんが何かを言いかけて、僕がそれに遮るように答えた。
僕たちがこの馬車に乗ったのは「今日中にサンリーフに着く」という共通の目的があったからこそである。
立場的には僕たちは「乗せてもらっている」ことになるのだが、その対価として彼は「村での荷物の積み下ろし」を提示した。
今ここで戻れば今日中にサンリーフに辿り着くのはほとんど不可能だろう。
安全な街道を通るとはいえ、日が落ちてから馬車を走らせるのはリスクがある。
村での荷物の積み下ろしが既に完了している以上、彼はたとえ口約束とはいえこれを「契約」だと捉えているようだった。
そこで、一大事にも関わらず乗せていた僕たちに気を使ったのだろう。
対して僕たちには彼の行動を止める理由がなかった。
僕が勝手に「戻ってもいい」と言ってしまったが、他の三人もそれに賛同してくれる。
シェーマさんはどこか安心した様子でダンさんを乗せて来た道を引き返した。
「僕とダンは幼い頃に魔物に襲われてそれぞれ両親を無くしているんです」
馬車を走らせる道中でシェーマさんが語り出す。
僕たちはそれを黙って聞いていた。
シェーマさんたちが子供の頃、この辺りは少し治安の悪い時期があったそうだ。
魔物が突発的に増殖し、それにギルドが対応する前に村が魔物に襲われる事例が何件かあったという。
シェーマさんもダンさんもその事例の一つで両親を亡くした。
それからアリアネさんの母親も。
「同じ時期に両親を亡くした僕たちを本当の子供のように育ててくれたのはアリアネの親父さんでした」
アリアネさんの父親、アルトさんは自分も妻を亡くして悲しいはずなのにそんな素振りを全く見せず同じ被害にあったシェーマさんとダンさんの二人を引き取って育ててくれたらしい。
アリアネさんを含めた三人は本当の兄妹のように育てられたのだという。
アルトさんは村で評判の猟師だった。
弓の腕がよく、一度狩りに出ればどんな不作の時でも肉を持ち帰ってきた。
村の人からの信頼も厚く、本当にすごい人だったそうだ。
シェーマさんが商人になったのはほとんど自給自足で時には食料に困ることもある生まれ育った村に他の地域の美味しいものを届けるためだったらしい。
「アルトは魚が好きなんです。猟師なのに……笑っちゃうでしょ?」
そう言いながら馬を操る彼の横顔はどこか悔しそうで、瞳には涙が溜まっていた。
アルトさんが今の状態、「寝たきり」になったのは半年ほど前のことだった。
その日も村の皆のために狩りに出たアルトさんは森の中で魔物に出会った。
長年この地域で猟師をしている彼は森に詳しく、魔物の生息域にも詳しい。
魔物と出会う可能性の少ない安全な道を通っていた。
それでも、突発的に魔物に出会うこともある。
そんな時は魔物に威嚇で矢を一本だけ放ち、その隙に逃げることにしていたのだが、その時ばかりは上手くいかなかった。
どれだけ逃げても視線を感じる。
襲ってくるわけでもなく、逃してくれるわけでもない。
ただ引き返すアルトさんの後ろをずっとついてくるのだ。
それが「村の場所を探すためだ」とアルトさんは気がついたらしい。
アルトさんをわざと逃し、その後を尾けてもっと人の多いところに行くのを待っているのだ。
それがわかってアルトさんは魔物に立ち向かった。
このまま逃げかえれば村の人たち全員がこの魔物の食料にされてしまう。
それは巨大な蛇の魔物だった。
今までこの森の中でそんな魔物を見たことはない。
赤く光る目、チラチラと見え隠れする不気味な舌。
弓矢を片手に挑んだアルトさんは大きな傷を負いながらも蛇を撃退する。
その右目に矢を命中させたのだ。
まさか自分が深手を追うとは思ってもいなかった蛇はその一撃に驚き、逃げるように姿を消したという。
残されたアルトさんは村の近くまでなんとか逃げてきたが、力尽きてそこで倒れ村の人たちに発見される。
シェーマさんが話してくれたその内容は全て熱に浮かされるアルトさんが途絶え途絶えに伝えた内容だという。
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