第32話
街道に出れば馬車を何台も見らことができた。
この街道はサンリーフやその周辺の町を結んでいるだけではなく、大きな別の街道にも繋がっていてその果ては王都にたどり着く。
だからなのか、ジャーパンの国では他国に比べて交通の便が良く物流も盛んだった。
僕たちは何台かの馬車に声をかけて止まってもらい、条件に見合うばしゃをさがした。
条件といってもさほど厳しいものではなく、目的地がサンリーフであり報酬が僕たちにも払えるだけの金銭か、あるいは金銭の代わりの労働などで済む馬車だった。
通り過ぎる馬車が全てサンリーフに向かうわけではなく、その周辺の町を目的地としている物も多かったが何度めかで僕たちはサンリーフに向かう馬車を引き当てた。
「ああ、構わないよ。途中で知り合いの村によることになってるがそれでも日が落ちる前にはサンリーフにつくだろうからね」
と僕たちを乗せるのを快諾してくれたのは商人のシェーマさんだった。
さらに彼は僕たちに金銭を求めなかった。
「その様子だとお前さんたち冒険者志願者だろう? 金はいらないさ、村に着いたら荷物の積み下ろしを手伝ってくれればな」
そういうシェーマさんの言葉に僕たちは甘えることにする。
馬車に乗り込み、揺られながらシェーマさんの話を聞かせてもらう。
彼はサンリーフの近くの町、「クジュリ」で商品を仕入れそれをサンリーフの町に卸しているのだそうだ。
その商品とは魚だった。
クジュリはこの周辺では有名な海産物の産地らしい。
「でも、魚の臭いとかしないんですね」
とトーヤがシェーマさんに尋ねる。
確かに馬車には恐らく商品であろう積荷がいくつもあったが、そのどれからも魚特有の生臭い臭いはしなかった。
その理由は魔法具であるとシェーマさんは語る。
魚を詰めたのはかつて転生者が作った魔法具の箱で、その箱は中に入れた物の鮮度を保ちさらには臭いを外に漏らさない効果があるらしい。
その話を聞いてトーヤは
「強力な脱臭機能付きの冷蔵庫みたいなもんか」と笑っていた。
馬車は順調に進み、お昼頃にはシェーマさんが「途中に寄る」と言っていた村についた。
そこはシェーマさんの故郷だそうで、彼はクジュリからサンリーフに商品を載せて移動する時には必ずこの村に立ち寄り、村人たちに海産物を安く売るのだそうだ。
村には商人が滅多に来ないため、ほとんど自給自足の生活をしている。
そんな村人たちにとってシェーマさんの持ってくる川魚以外の魚は定期的な楽しみになっているようだった。
僕たちは約束通り荷物の積み下ろしを手伝った。
シェーマさんは「安く売っている」と言っていたが、その売値はほとんどタダ同然で、この村に卸す分だけを見たら明らかに赤字だろうと思う。
それでも楽しそうに村の人と話すシェーマさんを見るとこれが彼の優しさなのだと理解できた。
「シェーマ」
荷物を全て運び終えた時、女性が一人馬車の影からシェーマさんを呼び止めた。
「アリアネ……親父さんの具合はどうだ?」
シェーマさんがそう尋ねるとアリアネと呼ばれた女性は首を横に振る。
「アナタのおかげでまだ持ち堪えてるけど……もう長くないかもしれないわ」
悲しそうにそう言ってアリアネさんはシェーマさんの胸に顔を埋めた。
シェーマさんは優しく彼女を抱きしめると懐から小さな包みを取り出す。
「ほら、今月分の薬だ。泣いていないで早く親父さんに飲ませてやれ」
アリアネさんは頷き、シェーマさんから離れて来た道を戻って行った。
その後ろ姿を彼は心配そうに見送っていた。
「……あの」
声をかけていいのか、ダメな雰囲気なのか微妙なところで、それでもやはり気になってしまって僕はシェーマさんに話しかける。
ハッとした様子で彼は振り返り、それから一目で無理矢理作ったとわかる笑みを浮かべる。
「ごめんごめん。気にしないで」
彼がそう言うので僕はそれ以上何も聞くことはできなくて、荷物が半分以上無くなった馬車に揺られて村を出た。
「……」
会話もなく、気まずい重苦しい空気が流れる。
馬を操るシェーマさんは難しい顔をしていて、その後ろの荷台の中で揺られている僕たちも先ほど見た光景から「何かがあったのだ」ということだけを察している。
無言の馬車はサンリーフは向けて進んでいるが、心なしかその足取りまで重いように感じる。
しかし、無言だったおかげでその声をいち早く察知することができたのだろう。
「おーい!」
後方から男の人が馬車を呼び止める声が聞こえてきたのである。
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