第31話
朝食を食べ終わると僕らは荷物をまとめて慰霊碑を後にした。
その頃には残っている志願者パーティーはもう僕たちだけになっていた。
一昨日、昨日とは打って変わって本当に穏やかな時間が流れる。
僕たちは森を大きく迂回して街道に出るルートを選んだ。
森の中を町に向けて最短で向かうルートはいくつかの魔物の生息地を突っ切るために危険が多い。
行きに通ってきた川沿いのルートも魔物の生息地を通過こそしないが、水を求めてきた魔物と遭遇する可能性があり危険がないとは言えない。
僕たちが選んだ迂回して森を避けるルートは街道に出ればほとんど魔物に遭遇する可能性が少ない安全なルートである。
その代わり歩いて行くのなら迂回する分時間がかかるため行きでは選択しなかった。
ただ、今回の試験では制限時間がない。
わざわざ危険な道を通るよりも安全に帰ろうと全員で話して決めた。
それにこのルートを選んだのは「安全だから」という理由だけではない。
「街道まで出ればサンリーフとその他の町を行き来する馬車が何台か通ると思うのよ。交渉次第では楽に帰れるし、馬車なら今日の夕暮れごろには町につくわ」
そう提案したのはルーナだった。
最初の試験では馬車や魔動車といった「徒歩以外」の移動手段は禁止されていた。
しかし、この試験ではそういう禁止事項はない。
それならば無理して歩いて帰る必要もないだろうと彼女は言うのだ。
盲点だった。行きに壮絶な徒歩の旅を体験してしまったからか帰りも自然と「歩き」での行程を考えてしまっていたのだ。
僕たちはルーナのこの提案に乗り、街道に出て通りかかった馬車に乗せてもらうことにしたのである。
「しかしよ、なんでこれが『精神』の試験なんだ?」
慰霊碑と街道を繋ぐ人工的に作られた細道を歩きながらトーヤが行った。
この細道は森のすぐ近くを通っていて、まだ完全に安全というわけではなかったが一昨日と昨日めいいっぱいに警戒して慎重に進んだおかげか、僕たちには少し余裕があった。
「精神?」
僕が聞き返すとトーヤは最初の試験が始まる前、町の広場でルディウスさんが行っていた言葉の話をする。
そう、確かに彼はこの試験は「身体能力」「精神力」そして「あと一つの明かさない何か」という三つの分野に分けて行うと言っていた。
そして最初の試練を「『身体能力』の時間」とも。
話の流れからトーヤはこの第二の試験を「『精神力』の時間」であると捉えていたらしい。
トーヤは、とあえて区切ったが言われてみれば僕も同じように考える。
そして、そう考えてみればこの試験が「精神力」を試すものというのは確かに少し不思議な感じがした。
最初の時間が「身体能力」なのはまだわかる。
まぁ、二日間歩き通しというのは「身体能力」というよりも「体力」と言った方が正しいのかもしれないが。
それでも道中で魔物との戦闘があったし、付近にはそれを観察し時には志願者に攻撃を仕掛ける現役の冒険者がいた。
冒険者になってやっていくだけの「身体能力」を見るための試験だったと思う。
対してこの第二の試験はどうなんだろう。
最初の試験と比べれば制限時間はなく、禁止事項もない。
ただ町の人たちを助けて、その見返りに票を入れてもらうだけという形式。
僕たちの「精神力」を試すには少し「ぬるい」のではないかと思ってしまう。
「精神力か……もしかしたらこの試験。そもそも私たちを甘やかすのが目的なのかもね」
歩きながらルーナが言う。
「どういうこと?」
僕が尋ねる。
「人間って自分に甘い生き物よ。特に転生者たちが前にいた世界ではそれが顕著だったと思うのよ」
ルーナの言葉にトーヤとシキが反応する。
二人とも思い当たる節があるようだ。
「誰だって本当は辛くて厳しいことよりも、楽で簡単なことの方が好きに決まってる。前の世界では人は他の人の目を気にして周りに合わせることで社会を築いていた。けど、この世界にきた転生者たちは違う」
転生者たちはこの世界のことを「ゲーム」だと思っている。
ルーナの言葉で僕はそんな話を思い出した。
転生者たちはこの世界に来てスキルという「力」を得た。
その力のおかげで彼らにはもう一つ「自由」が与えられたのではないか、と彼女は言った。
その「自由」とは他者の目に縛られることはないという自由。
「自分は特別だ」と勘違いしてしまうからこそ得た自由である。
「そんな人たちが甘やかされた環境に置かれたらどうなると思う? きっと、ずるずると環境に引きずられていってしまう。自分に厳しくできる精神力がないと、この試験の合格は難しいのかも」
ルーナが話したのはあくまで憶測の話。可能性でしかない。
ただ、僕はその話が妙にしっかりと来た。
制限時間がないから、禁止事項がないから、簡単な内容だからと心のどこかでこの第二の試験のことを舐めていたのだろうか。
今のままでは彼女の言う通り自分に言い訳を繰り返してずるずると試験の合格を引き伸ばしてしまったかもしれない。
僕は自分の頬をぺちんと両手で叩き、もう一度気合いを入れ直すのだった。
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