第29話
夕暮れになる頃、僕たちはゴール地点である慰霊碑へとたどり着いた。
「日没までに」という試験のルールを守り、尚且つ出発前に立てた予定を大きくずれることもなかったため、上々と言えるだろう。
慰霊碑にはすでに何人かの志願者が到着している。
日没までにはまだ少し時間があるため、ここからさらに増えるのだろうがそれでも出発した時の人数に比べると随分と減ってしまいそうだ。
「お、お前ら来たな! 一次試験突破おめでとう」
荷物を下ろして休んでいると声をかけられた。
赤っぽい髪色に少し褐色気味のはつらつとした女性で身につけている装備は冒険者の物だ。
志願者かと思ったが、彼女が右腕に巻きつけている腕章は試験関係者の証。
ギルド職員には見えないので試験を手伝うことになった現役の冒険者なのだろう。
僕たちはお互いに顔を見合わせる。
誰も彼女と面識はないようだ。
「いやぁ、よくやったよくやった。お前らなら大丈夫だろうとは思ってたけど、ここまでやるとはな」
しかし、女性の方はそうではないようで僕の肩を抱きバシバシと背中を叩く。
その力が思っているよりも強くて少し痛い。
僕たちが困っていると近くにいた腕章をつけたもう一人の冒険者が助け舟を出してくれる。
「ユズリ、しっかり説明しないとその子達困っているぞ」
黒い髪を後ろで結んだ男性で、頬に切り傷がある。
視線は少し鋭いが声の印象には優しさがあった。
ユズリと呼ばれた女性はハッとして、「悪い悪い」と言いながら僕を解放してくれる。
「私はユズリ、こっちはカムイ。二人とも冒険者だ。お前らの試験の監査役を任されていた、な」
ユズリさんがそう説明してくれたことで、ようやく僕らの中で納得がいく。
どうやら僕たちを襲ったあの幻のホワイトウルフ。それを魔法で生み出していたのがこのユズリさんだったようだ。
岩を魔法で飛ばしていたのはカムイさんの方らしい。
「ホワイトウルフの習性に気づいた志願者は他にもいたようだけど、攻撃を喰らわずに見破ったのは君たちだけだった。僕もユズリも気に入ってしまってね」
とカムイさんが言う。
トーヤが肘で僕の脇腹をこづいた。
耳元で「やったな」と囁いてくるのがすこし気恥ずかしい。
「それに見ろよ。お前達より早く着いた班は結構いるけど皆随分と消耗している。それに比べてお前達はまだ余力を残している。優秀だな」
ユズリさんに言われて改めて慰霊碑にたどり着いた他の志願者たちに目を向ける。
恐らく地図上を最短距離で駆け抜けて来たのだろう。
夜通し魔物と戦いながら突き進んだのは確かにすごいが、皆一様に酷く疲弊していて近くの気にもたれかかって項垂れるように座っている。
それに比べれば足の痛みや疲労感こそあれど僕らはまだ体力を残しているように思える。
「まぁ、別にどっちのルートが正解とかはないんだけどね。でも次の試験のことを考えるなら君達の方が少し有利かもね」
カムイさんはそう言ってニコッと笑った。
話している間に日が落ちる。
結局一次試験終了時に慰霊碑の前にたどり着いていた志願者は試験を受けるために町の広場に集まった人数の半分以下だった。
「諸君。一次試験通過おめでとう。そして疲れていると思うが、これから二次試験を行う前に聞いてほしいことがある」
慰霊碑を前にして皆呼びかけるのは試験官のルディウスさんだ。
その声に疲れているものも何とか頑張って首を持ち上げる。
ルディウスさんは慰霊碑を指してこういう。
「これは命を落とした冒険者の名前が刻まれた慰霊碑だ。墓ではなく、ここに名前を刻むのは意味がある」
その真面目な声色に僕はごくりと唾を飲み込んだ。
その言葉には試験とはまた違う緊張んがあった。
「冒険者は過酷な職業だ。一瞬のミスが命を落とすきっかけになる。そして、命を落とした時にその体を無事に持ち帰れるとは限らない」
魔物に襲われて危機的な状況。
パーティーの仲間たち全員が危険に陥れば、誰かが命を落としてもその肉体を回収している暇などないだろう。
肉体を持ち帰らなければ墓には収めることもできない。
そこで慰霊碑に名前を刻むことにしたのだそうだ。
「この二日間の過酷な道のりで多かれ少なかれお前達は仲間のありがたみを理解したはずだ。どんな時も見捨てるな、と言いたいわけじゃない。時には何よりも自分の命を大切にしなければならない時もあるだろう。しかし、冒険者になるのなら仲間の命の大切さを常に忘れるな」
疲労を理由にしてルディウスさんの話が耳に入らないような志願者はその場にはいなかっただろう。
僕も足の痛みを感じながら、隣に並んだ三人の横顔を見ていた。
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