第27話
僕たちは再び歩き出した。
突然のホワイトウルフに驚き、その対応に少し時間はとられたがそれでも予定していた道のりから大きな遅れはない。
その後は魔物と遭遇することもなく、僕たちは一日目に予定していた行程を達成した。
「さっさと野営の準備しちまうか。流石に一日中歩きっぱなしだと足がいてぇぜ」
トーヤがそう言って荷物を広げてテントを張る。
「ねぇ、私たち水浴びに行ってもいいかな?」
ルーナが申し訳なさそうに言った。
準備をしたくないというわけではなく、汗をかいた体に限界を感じているのだろう。
その後ろで恥ずかしそうにしているシキ見るに、彼女も同様のようだ。
僕はそれで構わなかったし、トーヤも特に文句があるわけではなさそうだった。
「もともとこういうのは力があるやつの方が素早くやれるからな。分担だ。お前達の分もテントは建てとくから」
トーヤの言葉にルーナは少しホッとした様子だった。
「でも、あまり離れないでね。暗いからどうせ見えはしないんだけど、恥ずかしかったら魔法で仕切りを作るよ」
僕がそう言うと「ぜひお願い!」と珍しくシキまで一緒になって声を合わせるので思わず笑ってしまった。
暗闇で見えないとはわかってはいても何の仕切りもないところで男性の前で水浴びなど羞恥心が許さないのだろう。
僕は土を操作する魔法で野営地からほど近い川沿いに土の壁を作り上げ、そこに松明の火をかけておいた。
暗闇の中で着替えるよりも安心するだろうと思ってだ。
「ありがとね、イトム」
僕は二人がお礼を言いながら壁に隠れたのを見届けてからトーヤのところに戻る。
驚いたことにトーヤは既に二つのテントを組み立て終わっていた。
わずか数分の出来事だったので驚くべき手際である。
「早いね」
僕がそう言うとトーヤは少し嬉しそうだった。
「お前が色々教えてくれたからな。馴れると結構早くできるのが嬉しいもんだ。前の世界じゃこういうのとはほとんど無縁だったけど、今になってやっておけば良かったと思うよ」
そう言って彼はフッと笑う。前の世界のことを何か思い出したらしい。
その辺で拾った枝に魔法で火をつけて焚き火にする。
僕たちはその周りに座ってもう少しだけ昔話をした。
「……トーヤは、帰りたいと思うの? 前の世界に」
不意にそんな質問を投げかけてみた。
前の世界の話をする彼が、たまに寂しそうに見えたからだろうか。
トーヤは僕にそんなことを聞かれるとは思っていなかったのかあからさまに驚いていた。
それから悩みだし、答えが出ないのか唸り出す。
「うーん、そうだな……。前にも言ったけど転生者は前の世界のことを全部覚えてるわけじゃないんだよ。俺はその中でもわりかし覚えてる方だと思うけど、それでも自分の名前や通っていた学校の名前。前の世界での両親の顔なんかはもう覚えていない。それを『寂しいか』って聞かれたら、その答えはまぁ『寂しい』になるんだけど……」
トーヤは煮え切らない態度でそう答える。
その様子を見て、この問題はまだ彼の中で解決している問題ではないんだな、と僕は思った。
「でも、この世界のさ。俺の生まれた村の俺の両親。あの二人は俺にしっかりと『自分の子供』としての愛情を注いでくれたと思うんだ。転生者なんて、前の世界の記憶を持ってるなんて得体の知れない俺にさ。それで、俺も父さんと母さんのことを本当の家族だと思ってる。村の人達のことも。だから……帰らないよ」
もしかしたらトーヤはまだ迷っていたのかもしれない。
でも、僕はその「帰らない」という言葉に何故かホッとしていた。
「さて、と」
トーヤが立ち上がり、服についた砂を手で払う。
それからにかっと笑った。
「やるか、『覗き』」
そう言って笑う彼に僕は苦笑した。
少ししんみりとした空気を帰るためにトーヤがわざと言った冗談だとわかったからだ。
「やらないよ。トーヤも本気じゃないでしょ」
僕がそう言うとトーヤは「まぁな」と言って笑った。
それから落ちていた小石を一つ広い、川の方へ向かってなげる。
小石はすぐに闇に飲み込まれて見えなくなり、その後水に落ちた音がする。
「次は俺が質問な。イトムって歳の割に落ち着いて見えるけどなんか理由あんのか?」
トーヤにそう聞かれて僕は首を傾げた。
落ち着いている? そうだろうか。
むしろここまで皆よりも焦っていた印象の方が強いけど。
「この世界では十五歳は成人だけど、俺達のいた前の世界だとまだまだ子供扱いされる歳なんだ」
トーヤの話では十五歳というのは「思春期」と呼ばれ、色々と多感な歳だとされているらしい。
「俺とかルーナとかシキはこの世界ではイトムと同じ歳だけど、前の世界での記憶がある。そのせいで精神年齢も多少は上がってるから達観しててもおかしくないんだけど、イトムは転生者じゃないだろ? それなのに発想力とか判断力とか素直に感心するんだよ。だかれ、そうなるきっかけが何かあったのかなってさ」
トーヤは質問の意図を詳しく説明してくれるが、結局僕に心当たりはなかった。
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