第26話

虚像のホワイトウルフは僕たちがその正体を見破ったことに気づくとそのまま姿を消した。


さっきまでとは違い、その息遣いも威嚇するような唸る声も聞こえなくなる。


本格的に姿を隠して攻撃を仕掛けようとしているのか。いや、そうではない。

もしそのつもりがあるのならば最初からやっていたはずだ。


ホワイトウルフの姿を僕たちに見せた何者かが近くにいるのは明白。

その人物の目的とは何か。


僕たちに敵意を持っているのならばこんな周り課題真似はせずに暗闇に紛れ、離れた位置から岩を飛ばして攻撃すればいいのだから。


僕の考えではその何者かは僕たちが仕組みに気がついた時点で「攻撃をやめた」のだ。


実際のホワイトウルフとは異なる習性を持った虚像。

そして、暗闇に紛れても存在を確かめられるほどに再現された荒い息遣いと唸り声。


完全に騙すつもりならば爪が甘いと言わざるを得ない。

しかし、だからこそ僕たちを襲った何者かには違う目的があったのだろうと僕は思った。


「消えた……よな?」


ホワイトウルフがその存在感を完全に消し去ってから数分の間、僕たちは背中合わせのまま周囲の闇を睨みつけていた。


「いなくなった」という僕の予想に確信が持てるまで警戒していたのだ。


数分経ってようやく確信が持てた頃合いでトーヤが言った。

それでも念の為武器は出したままにしていたが、皆ほっとしたようで胸を撫で下ろしている。


「あれは冒険者だったのね」


とルーナが僕に向かって言う。

彼女も何かに気がついてそれを僕に確認したいのだ。


彼女の問いに僕は頷いた。


一見すると爪が甘いように見える何者かの攻撃。

しかし、それ故にその何者が「ヒントを出している」というようにしか僕には思えなかった。


ホワイトウルフの習性とは違う行動も、存在を教えるような音も僕たちに違和感を持たせるためのヒントだったのだろう。


ホワイトウルフの動きに合わせて巧妙に隠された岩の攻撃でさえヒントだったはずだ。


ホワイトウルフの攻撃を避けられれば岩の破片は目立たないが、もしも当たってしまうとそれが爪による斬撃ではなく打撃であることに気づく。


そこまでして何者かが僕たちにヒントを与える理由は何か。

これが「冒険者になるための試験」だというのなら答えは簡単だ。


「なるほどな。俺たちの対応力とか魔物への知識とかを探ってやがったのか。ふざけてんな」


トーヤは納得した様子ではあるが、少し不満も抱えているようだった。


試験の開始前にルディウスさんが説明した試験の概要。

その中に僕たちのことを監視する現役の冒険者が複数人いるという話があった。


監視というのは志願者が不正をしないか、あるいは命の危険が迫った時にその志願者を助けられるようにいるのだろうと思っていた。


もちろんそういった側面もあるのかもしれないが、それ以外にもこうして僕たちに攻撃を仕掛けてその対応を見るという仕事が彼らには合ったらしい。


「『ゴールすればいい』みたいなこと言ってたくせにしっかりひょうがするんじゃねぇか」


とトーヤが文句を言う。

それは確かに文句だったが、時間に対する不信感を募らせたというよりも今まで以上に気を引き締めたという様子だ。


「多分そう言った言葉に惑わされずに冷静に判断することが大事なのよ。イトムがいて助かったわ。私もホワイトウルフがこんなところにいるのはおかしいと思っていたけれど、それが何故かはわからなかったから」


ルーナが言う。

無理もない。最初にホワイトウルフに襲われた時は切羽詰まった状況だった。


そんな中で僕が気づくことができたのは、たまたまという運の要素と背中を守る皆がいてくれたのが大きい。


僕はシキの方を向き、お礼を言う。


「ありがとう。あんな短い言葉なのに意図を理解してくれて」


僕がそう言うとシキは下を向いて小さく頷いた。


ホワイトウルフの爪が迫った時。正確にはその後ろから飛んできた岩が僕を狙っていた時、その近さゆえに僕の魔法は十分な威力を発揮できていなかった。


魔法で打ち出した矢尻には初速や加速と言った概念が存在し、速ければ速いほど威力は上がる。


向かってきていた岩は地面をえぐり、自らを粉砕するほどの威力だった。


十分な速度に達していない僕の矢尻では弾かれてしまい、僕はその攻撃を喰らっていただろう。


シキの支援魔法があったからこそ岩を破壊することができたのだ。


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