第25話
まず気になったのはなぜ奴が松明を投げつけただけで姿を見られるというヘマをしたのか。
僕が聞いていたホワイトウルフという魔物は警戒心が非常に強く、確実に仕留められるその瞬間まで姿を現さない奴だ。
もちろんその情報が間違っている可能性はある。
村の長老たちがこの巨大な狼を恐れるあまりに話を大きくしてしまっている可能性だ。
ただ、子供の頃からずっとその話を聞かされていた僕からするとやはり目の前の狼と想像していた魔物には食い違いがあるように思う。
僕が聞いていた狼ならば仮に何らかのヘマをして姿を見られてしまったのなら一度完全に距離をとってもう一度行方をくらませるはずだ。
もう一つおかしいと思った点がある。
奴は必ず一撃で仕留めると言われるような魔物だ。
それなのに僕たちに対する攻撃は外した。
ルーナの勘がやつの想像よりも冴え渡っていたおかげだとも言えるが、その後の行動も妙なのだ。
奴は暗闇に身を隠しこそすれ、自分の位置を主張するように存在感を発している。
現に僕たちにはその姿こそ見えないが、奴が僕らの周りをぐるぐると回っていることは筒抜けになっている。
本当にホワイトウルフだというのなら一撃で仕留めるのに失敗した時点で身を引くか、僕らにはわからないように姿をくらまして隙を伺うはず。
「どうにもおかしい」と僕はそんな風に感じ始めていた。
「ガルル……」
ホワイトウルフが一際大きく唸った。
僕らの誰もがそれを攻撃の合図だと思った。「また襲ってくる」と。
そう、これも長老たちに語り継がれるような強い魔物ならば絶対にしない攻撃だ。
襲いかかるタイミングを僕たちにおしえているようなものなのだから。
「……!? 違う。その後ろだ!」
僕は叫んだ。可能性の一つに気づいたから。
そして、隣にいるシキに目配せをする。
もしも僕の思いつきが間違っていたのなら、僕たちはこの時点でホワイトウルフになぶり殺しにされていただろう。
また、目配せだけで彼女に協力を仰いだのも致命的なミスだったと言える。
歴戦のパーティーならばともかく、僕たちはまだ出会ったばかり。
戦いを重ねて連携を良くしてきたとはいえ「以心伝心」というには程遠いのだ。
それでもシキは僕の意図を十分に汲み取ってくれた。
僕が叫んですぐに彼女は僕に魔法をかける。
「魔法の威力を上げる」という支援魔法だ。
僕は手に持っていた矢尻を飛ばした。
精一杯急いだつもりだ。
それでも、ホワイトウルフの鋭い爪はもう目の前まで来ていた。
「間に合わない」と他の三人は思ったかも。しれない。
でも、僕は自信があった。
「間違っていない」という自信が。
僕の飛ばした矢尻はものすごい速度で飛んでいく。
僕だけの力では出せない威力。シキの支援魔法のおかげだ。
矢尻はホワイトウルフに向かって飛び、そしてその体をすり抜けた。
「!?」
背後で三人が驚いたのがわかる。
集中しているからか、それともこれも支援魔法の効果なのか僕の感覚は研ぎ澄まされていた。
僕の放った矢尻はホワイトウルフをすり抜けてその後ろの何かに当たる。
狙い通り。そして、予想した通りだった。
鈍い音を立てた後に地面に何かが転がった。
それを松明で照らしてみるとそこには割れた岩があったのだ。
目の前まで迫っていたホワイトウルフの爪は確かに僕の体を引き裂いた。
しかし、僕には何のダメージもなく爪が当たったと思われる地面も今度はえぐれていない。
ホワイトウルフはまた先ほどと同じように暗闇の中に姿を消した。、
「どういうことだ?」
困惑した様子のトーヤが僕に尋ねる。
僕は目の前に落ちた割れた岩を指差した。
「これが攻撃の正体だよ。あの狼は幻影だったんだ」
僕がそう言うと三人はすぐにその意味を理解してくれたらしい。
「ホログラム……なるほどね」
とルーナが呟く。それが何か僕は知らないが恐らく「幻影」と同じ意味の転生者用語なのだろう。
僕たちの前に現れたホワイトウルフは本物ではなかった。
森に住むホワイトウルフなど聞いたこともなかったが、それもそのはず。
あの白い狼は誰かの魔法によって生み出された実体のない幻だったのだ。
まるで本当にそこにいるかのような息遣い、迫力に加えて動くホワイトウルフに合わせて何者かが後方から魔法で岩を飛ばしていた。
幻であるホワイトウルフは僕たちに触れることができないが、その代わりに岩が僕たちに攻撃をしてホワイトウルフが「本物」だと錯覚させたのである。
地面に強く打ち付けられた岩は砕け散るが、ホワイトウルフの攻撃を避けていればその爪が地面を削った時の破片に見えるというわけだ。
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