第24話
川沿いにたどり着いたのは予定通り日が暮れてすぐであった。
森の中に少し開けた場所があり、そこに大きな川が流れている。
推測の通りその付近は小石が転がっている砂利道のようになっていた。
「これだけ大きな川だとはな。木が生えてない分視界も悪くねぇ。これなら行けそうだ」
トーヤはそう言って荷物から布切れを取り出すと近くに落ちていた木の棒に巻きつけて松明を作った。
冒険者向けの雑貨屋には暗闇を照らす「ライト」という魔法具もあったのだが、割と高価な物だったため買うのを諦めたのだ。
松明を四本用意して川沿いを進んでいく。
暗くなるとそれに火をつけて周囲を照らした。
松明の火はあまり遠くまでは届かない。
日が暮れて最初の頃はまだうっすらと周囲が見えていたのだが、時期に照らしている範囲以外は闇になる。
僕たちは口数が少なかった。
気まずいわけではない。警戒しているのだ。
この闇の中、頼れるのは視覚よりも聴覚の方だ。
僕たち全員、周囲の音に気を配っているのである。
「……」
先頭を歩いていたルーナが右手で後方の僕たちに静止をかけ、自分も立ち止まる。
声を出して周囲の音の邪魔をしないようにあらかじめ決めていた合図、ハンドサインというやつだ。
勘のいい彼女は何かの音を聞き取ったらしい。
僕には聞こえなかったが、彼女の耳の方を信頼して指示に従う。
ルーナが短剣を抜いた。
さらに音を聞き分けてそれを敵だと判断したらしい。
それに倣い、僕たちも武器を構える。
ようやく僕にも音が聞こえてきた。
荒い息遣いと威嚇するように唸る声。
目の前の闇に何か潜んでいる。
トーヤが松明を前方に投げつけた。
これもあらかじめ決めていた行動だ。
音を察知したらその方向に松明を投げる。
牽制になるし、上手くすると相手の姿を確認できる。
トーヤの投げた松明が前方を照らし、闇に潜む何者かを炙り出す。
鋭い牙が見えた。松明の火に照らされて黄色い眼光がギラリと光る。
狼だった。ただの狼ではない。人の二倍近くの大きさがある。
照らされた白い毛並みが美しく、それでいて恐怖を感じるに足る迫力もある。
「ホワイトウルフ……。なんでこんなところに」
思わず声が漏れた。
その狼は紛れもなく魔物の一種であり、この世界においてゴブリンと同等かそれ以上に名前が知られている種である。
しかし、その脅威度合いはゴブリンの比ではない。
僕も村の長老たちから聞いた程度の知識しか持っていないが、「その爪は岩を簡単に切り裂き、その鋭い牙と強靭な顎で一度噛みついた獲物は決して離さない」と言われている。
狼なのに群れでの行動は決してせず、生涯のほとんどを孤独に生きるらしい。
重要なのはこのホワイトウルフの生息地である。
多くの魔物がそうだが、種によって好む生息地の特徴は大体決まっている。
このホワイトウルフという美しい魔物もそうで、彼らは岩場の多い寒冷地の山を好み、そこを生息地とするのだ。
こんな森の中。それも町の近くに出てくるような魔物ではない。
「逃げて!」
ルーナが叫んだ。
その声がなければ僕たちはここで命を落としていたかもしれない。
ホワイトウルフが僕たちに飛びかかってきたのだ。
間一髪。僕たちは全員ギリギリのところでそれを躱し、ホワイトウルフの鋭い爪は川沿いの硬い地面を削って大きな穴を開けた。
僕たちの手から松明が落ち、火の粉が散る。
「俺が惹きつける! イトムとルーナは援護だ」
トーヤが剣を抜き、ホワイトウルフに飛びかかる。
しかし、ホワイトウルフは軽やかに身を翻して闇の中に消えてしまった。
「松明を拾え!」
トーヤが叫んだ。
ホワイトウルフは決して逃げたわけではない。
闇の中に確かに潜んでいる。
それは存在を隠す気がないと思えるほど確かに聞こえる呼吸と唸り声が証明している。
僕たちは松明を再び手に取り、四人が背中合わせなって自分の前方を照らした。
ぐるぐると回っている。
獲物を狩る隙を伺っているように。
「おかしい」
緊迫感の中、僕は違和感を抱いた。
長老に聞いた話ではホワイトウルフの狩りはいつも一撃で終わる。
その鋭い爪が確実に獲物に当たるタイミングでしかホワイトウルフは襲わないのだ。
ただ一撃、そのたった一撃を確実なものにするために慎重に、冷静に身を隠し隙を伺うらしい。
今のこの状況とは似ているようで明らかに違う。
僕は暗闇を睨みつけながらそう思ったのである。
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