第22話

万全の準備を整えて町を出る。

最初に広場を抜け出してそのまま出発した先行組の志願者たちに比べれば大きく遅れをとることになった。


それでも費やした時間は長く見積もって三十分程度。

十分制限時間内にゴールを目指せる範疇で、大きなロスにはなっていないはずだ。


「夜間もなるべく進むってことでいいんだよな?」


歩きながらトーヤが言った。

日が暮れる頃にはたどり着いているであろう川沿いのルートは地図に記されている魔物の生息地からは外れている。


水を求めてうろつく魔物がいるかもしれないがそれでも数体程度だろう。


本来であれば夜間の行軍は避けるべきところだが、リスクを下げて遠回りするのだから少しは距離を稼いでおきたいと皆相談して決めたのだ。


日没してから夜がふけるまでの時間。

翌日のことも考えて時間と体力のちょうどいいバランスをルーナが考えてくれた。


「今の時期、日が暮れるのは大体六時前後よね。逆に日が昇るのは五時くらいかしら? 寝床の準備や食事を用意する時間を考慮して、睡眠は六時間弱は取りたいから大体夜の十時くらいまでは歩みを進めても大丈夫かな」


手元の「時計」という魔法具と地図を交互に見比べながら彼女が言う。


時計も昔の転生者が発明した魔法具で、魔力によって文字盤についている針が時を刻む。


結構メジャーな代物らしく、僕の村には一つもなかったが町には代償さまざまな時計が壁にかけられているのをよく目にする。


ルーナが持っているのは冒険者用に小型化されたもので、もともとはベルトを使って腕に巻きつける形式だったらしいのだが「戦闘の衝撃ですぐに壊れてしまう」という理由から手持ちのタイプに切り替わったらしい。


彼女の立てた計画は枕詞に「計算上では」という言葉がつく。

実際に夜の十時まで歩けるかどうかは僕らの体力次第だ。


夜間の進行は昼間よりも周囲に気を張る分疲れるだろうし、僕らにとっては経験のないこと。


順調には行かないと考えていた方がいいだろう。


昼が過ぎ、太陽が頭の上から降り始めた頃には森が見えてきていた。


僕たちは旅の携帯食料を冒険者向けの雑貨屋で購入しており、それを歩きながら食べて昼食を済ませた。



「うわ……これ前世の黄色い箱のバランス栄養食と同じ味がする。懐かしい」


「あ、私もそれ好きだった。チーズ味が美味しいよね」


トーヤとルーナが携帯食料を食べながらそんな話をしていた。


僕は「味はともかく口の中がパサパサになるな」くらいの感想しか出てこなかったのだが、彼らにとっては違ったらしい。


冒険者向けの食料というだかあって携帯食料の多くは転生者の元いた世界の味をできるだけ再現しているようだ。


そんな話で少しずつお互いの親睦を深めつつ、僕たちは森の目の前までやってきた。


これまでことあるごとに悲観的な考えをしていた僕だが、森の中にだけは大きな自信を持っていた。


何しろ「冒険者を目指す」と志した幼い日のあの時から毎日欠かさずに森に入り暮らしていたのだ。


場所は違えども森は森。僕にとっての庭のようなものだ。三人にもぜひ頼ってほしい。



……そう思っていたのだが。


「お、そのキノコ食べれるぜ。一応採っておくか」


「この木の幹についた傷、古いけどジャイアントグリズリーの縄張りの証だわ。念の為離れておきましょう」


と彼らは僕と同等か、いやそれ以上に森に詳しい様子で探索をしつつ進行していた。


無口なシキは何も言わずに僕の後ろをついて来ていたが、時折地図を見て場所の確認をしている。


森の中で迷わないということは森の歩き方を知っているということだ。


考えてみればよほどの都会でもないかぎり町や村の近くには森がある。


冒険者になろうと決めている者ならばその森で修練もするはずだ。


僕だけが詳しいわけはなかった。


その事実に少し落胆しつつも、全員が森についての知識を持っていることに安堵もしていた。


決して気を緩めたわけではないが、森が初めてで終始気を張り続けているよりもいいだろうと思ったのだ。


森の中で地図の通りに進むのは中々難しい。

シキは歩いて来た方向と歩いた時間から大体の位置を割り出してくれているが、思いがけず進み過ぎて魔物の生息域に足を踏み入れてしまう可能性もあるだろう。


僕たちは森の中で拾えるあらゆる情報。

特に魔物の足跡や縄張りを示すサイン、それから周囲の物音に気を配りながら歩いた。


魔物を見つけた時は気づかれるよりも前に身を隠す。

相手が一体の時やどうしても倒さなければならない状況の時は戦う。


しかし、翌日まで体力を残しておくためにあまり過度に戦闘はせずに身を隠してやり過ごしながら森を進んでいった。

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