第17話
列が進み、試験の登録が無事に終わった頃だった。
大人数に一度に説明するためにサンリーフの町にある広場に集まるよう言われた僕たちはギルドからそれほど遠くないところにあるその場所に向かっていた。
「おい邪魔だ。どけどけ」
「俺達は転生者だ。急いでんだよ、譲れよ」
何やら騒ぎを見つけてしまい、僕の目は自然とそちらを向く。
魔法具や薬草から作られる薬などを扱っているお店の店先になにやら人だかりができている。
「集まってるのは転生者じゃない人達かな? 薬関係は冒険者じゃなくてもよく使うし、人気の店みたいだ」
トーヤが遠くから見たままの様子を伝える。
彼のいう通り、確かに集まっている人たちは冒険者のようには見えない。
その人だかりの中に明らかに高そうな服に身を包んだ異質な人間が二人。
その二人が先程聞こえた声の主だったようだ。
状況を察するに彼らは混雑する店に並ぶのが嫌で、「転生者」という身分を盾にして割り込もうとしているらしい。
つい先ほど見事なまでに統率された列を目にしていたために僕は少し変な気がした。
先にお店で待っていた人たちは困惑した様子である。
不満に感じていそうではあるが、渋々場所を譲っているように見える。
「あれがさっき言った話の典型よ。転生者の一部にはああやって『自分は偉い、特別なんだ』と勘違いする奴がいる」
ルーナは明らかに気分を害した様子でそう言った。
列に並んでいた時にルーナが僕に教えてくれた話だ。
「言い方はわるいけど、転生者の中にはこの世界を『ゲーム』のように考えていて、自分達以外の人間を『NPC』だと思ってる連中がいるのよ」
その話の実例が目の前で騒ぎを起こしている彼らのようだ。
正直な話、僕はNPCという言葉についてあまりよく理解はできていない。
トーヤが説明してくれたが、そもそも「ゲーム」の実物すら知らない僕には難しい話だった。
それでも、目の前にいる二人の転生者が僕を含めた「転生していない人」のことを見下しているのは十分に伝わり、気分のいいものではない。
「協会のあり方にも疑問が残るわ。ああいった連中を蔓延らせている一因は協会にあるんだから」
ルーナの苦言の意味は僕にもわかった。
転生者協会はその名前の通り転生者のための組織だ。
転生者特有の知恵や発想力を使って得た莫大な資金を元に転生者を支援している。
当然その力は僕たち一般人からしても大きく、その支援を受けている転生者にはあまり強く出れないのだ。
また、転生者各個人が持つ特有のスキル。
それによって強化されたその身体能力は単純に力の差を生み出している。
仮に誰かがあの転生者たちに反発しようものなら、彼らは暴力に訴え出すかもしれない。
そうなれば、あの店に集まった人の誰一人として彼らには勝てないだろう。
「あっ……」
思わず声が漏れる。
道を通っていた幼い少年が一人、二人の転生者のうちの一人にぶつかったのだ。
少年は後ろにのけぞり転んでしまい、ぶつかられた方の転生者、ひょろひょろで背が高い男は大袈裟に足を押さえた。
「おーいてぇ。何すんだこのガキ。お前のせいで俺の大事な足が折れちまったかもしれないぞ」
左足をさすりながらひょろひょろの男が言う。
そんなはずはないだろう。少年は随分と幼く、走る速度もぶつかる勢いも大したことはなかった。
僕の目から見てもそうなのだから転生者の彼からしてみれば蚊に刺されたほどにも感じなかったはずだ。
それなのに、ひょろひょろの男はうすら笑いを浮かべて少年に詰め寄る。
「ご、ごめんなさ……」
少年は謝ろうとしたが、ひょろひょろの男は彼が言い切るよりも前に胸ぐらを掴み、ひょいと軽く持ち上げた。
空中に浮いた少年の足が苦しそうにバタバタともがく。
「聞こえねぇな。謝りたいなら誠意を見せろよ。慰謝料だよ慰謝料」
ひょろひょろの男の言動には聞いていて耐え難いものがある。
無意識のうちに僕は矢尻をポケットから取り出し、構えていた。
トーヤもルーナもシキも僕と同じ気持ちだったのだろう。
三人は明らかに怒っていて、僕と同じようにそれぞれが武器に手をかけていた。
しかし、僕たちが武器を抜く必要はなかった。
ひょろひょろな男が一瞬にして吹っ飛んだのだ。
少年は空に舞い上げられ、ひょろひょろな男は近くの建物壁に激突した。
誰かが殴った。
転生者の身体を吹っ飛ばすほどの威力で。
それは筋骨隆々で、服の上からでも盛り上がった筋肉がわかるような白髪のおじさんだった。
その人は空に放り投げられ、なす術もなく落ちてきた少年を優しく受け止める。
「すまなかったな、少年。怖い思いをさせた」
そのおじさんはそう言って謝ると少年の頭を撫でるのだった。
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