第15話


「え? それにするの?」


数分だけ迷った末にトーヤが手にした一本の剣を見て僕は思わず声を漏らす。


剣を使うのはトーヤ自身だ。

もともと彼がどんな剣を選ぼうとも僕に口を出すつもりは一切無かった。


無かったのだが、彼が手にした剣を見て本当に思わず口が滑ってしまったのだ。


トーヤが手に取ったのは黒い柄に銀色の装飾が施された刀剣だった。


鞘に収まったままのその姿は一見して美しい。

しかし、問題があるのはその刀身の方だった。


刃には一眼見て「これでは何も斬れないだろう」とわかるほどに錆がついてしまっている。


鞘から抜くのも一苦労だったようで、トーヤがその剣を抜くのに苦戦しているのを僕は隣で見ていた。


まさかその剣を選ぶとは思わず、「一体なぜ?」という疑問が頭に浮かぶ。


いくら安いとはいえ、その剣を買うくらいなら木剣のままの方がいくらかマシなのではと思えるくらいだった。


「なんかわかんないけど、この剣にすごく惹かれるんだ」


そう言ったトーヤの目に迷いは全くなかった。

真っ直ぐに錆びた刀身を見つめ、もうそれにすると心に決めている。


「お前さん、転生者か?」


店主のおじいさんが彼に尋ねる。

トーヤはこくりと頷いた。


「ただの偶然か。……それとも一流の証か。面白えじゃねぇかい」


おじいさんは意味ありげにそう言って笑った後、トーヤに「その剣に魔力を込めてみな」と言った。


前に聞いた話ではトーヤは魔法をあまり好んでいないらしいが、それは魔法が使えないということではない。


そもそも、魔法とは学ぶことさえできれば誰にでも使えるような代物なのだ。

転生者である彼は協会から一通りの教えを受けているだろう。


言われた通りにトーヤは刀剣に魔力を込めた。

彼の手のひらから剣の柄に流れ込んだ魔力がそのまま刀身に移り、青白く光出す。


錆が一瞬にして溶けていく。

その不思議な光景に僕もトーヤも目を奪われた。


「数十年前に俺の弟子だった一人の転生者が打った剣だ。そいつは代わりもんでな、一見すると鈍にしか見えない剣に細工を施した。魔力を流せば一級品に変わる細工をな」


その剣は今までずっとこのお店に置かれていたが、誰一人としてその細工に気づく人はいなかったという。


店主のおじいさんは売れ残る剣を不憫に思っていたが、いつまでも商品棚に並べておくわけにもいかず、仕方なく安い剣と同じ箱にしまっておいたのだそうだ。


「アイツがどうしてこの剣にそんな細工をしたのかわしにはよくわからんかった。お前さんがそんな剣でもいいと言うのなら貰ってやってくれ」



おじいさんの話ではこの剣を打った刀匠は腕だけでいえばおじいさんの弟子の中で一番なのだそうだ。


しかし、随分と変わったところがあって一癖も二癖もある剣ばかり作り続けていたらしい。


今も世界中のどこかで剣を打っているらしいのだが、おじいさんもその行方までは知らないという。


僕にはおじいさんが本当は剣を売るかどうか悩んでいるように見えた。


トーヤの手に取った剣は一見すると本当にただの錆びた剣。

魔力を込めなければ切れ味もほとんど皆無のようだ。


「魔力を込める」という動作の分、攻撃に転じるのは必ず遅くなる。

それが実戦向きではないことは僕にもわかった。


弟子の剣だから売ってやりたい気持ちはあれど、これから冒険者になる若者にこんな扱いづらい剣を売ってしまってもいいのか、その葛藤がおじいさんにはあったようだ。


しかし、それとは逆にトーヤはもう心に決めているようだった。


「これにする。これがいい」


彼が力強くそう言ったので、おじいさんはどこかホッとしたよう顔になった。


「これも何かの縁だ。こんな店だが、腕だけは他のどの店の奴にも負けない自信がある。冒険者になれたらまた来い。その時は防具を見繕ってやる」


おじいさんはそう言って僕達に名前を教えてくれた。

店主のおじいさんの名前は「コルト」というらしい。

なんでも代々鍛冶屋をやっている家系で、コルトさんは七代目にあたるそうだ。


実家が鍛冶屋だったとはいえ、僕自身に鍛治の才能はあまりない。

元々冒険者になるつもりだったし、兄とは違って鍛治仕事の手伝いは少ししかしていない。


そんな僕でも、品物を見極める目だけは少し自信があった。

コルトさんが自分で言った通り、店に置いてある剣はどれも品質が良く彼が本当に腕のいい職人だと証明していた。


僕たちはコルトさんにお礼を言って、試験に受かったらまた来ることを約束して店を出た。


帰りがけ、僕は好奇心からトーヤにこんな質問をした。


「結局、コルトさんのお弟子さんが変な剣ばかり作る理由ってなんだったんだろうね?」


何故トーヤ聞いたのかと言われれば「同じ転生者ならわかるかもしれない」という思いがあったからだった。


僕より期待通り、彼にはその理由がわかっていたようで


「決まってるだろ。『ロマン』だよ」


と言って笑っていた。

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