第13話
その日の夜。
僕たちは宿に泊まることはなく、サンリーフの町を少し出て歩いたところにある平原で野宿の準備をしていた。
「まさかあそこまで宿が高いとはな」
焚き火の準備をしながらトーヤが呟く。
サンリーフの町の宿屋の一般的な値段は「五千〜八千イエン」らしい。
受付嬢のララさんに聞いたので間違いないだろう。
僕たちが二人で稼いだのは六千イエン。僕の手持ちを合わせればまったく泊まれないということはないのだが、それは「無駄遣いをしない」という僕たちの主義に反する。
冒険者になればギルドと提携する宿屋を格安で利用できるらしいのだが、試験を受ける前の僕たちにはその資格もなかった。
仕方がないのでいつも通り野宿をすることにしたのだ。
ただ、せっかくサンリーフの町についたのだから記念に少し豪華な食事をしようと思い僕たちは町の市場で干し肉ではない肉を買った。
焚き火に置いた鍋が温まり、肉を置くと「ジュー」といい音がして肉の焼けるいい匂いがしてくる。
トーヤがそこに町でついでに買ってきた調味料なんかを入れている。
「異世界なのに醤油とかわさびとか、米まであるんだから先人の転生者には感謝だよな」
革新的な調理方法の拡散も転生者がこの世界にもたらした恩恵の一つである。
数百年前、ジャーパンができるまでは食べ物はあまり美味しくなかったと言われている。
転生者が新しい食材を発見し、その調理法を広めたことで今の食文化が存在するのだ。
トーヤによれば、それらは彼の故郷の味らしい。
彼は料理が嫌いではないらしく、この度の途中何度か腕を振ってくれた。
彼の料理はおいしく、僕も好きだ。
その日は町で買った猪肉のステーキと米と、味噌汁が夕食だった。
「和と洋がごっちゃだけどまぁいいだろ」
とトーヤがよくわからないことを言っていたけど僕は肉も米も味噌汁も全部好きだ。
結構多めな量を作ったのに鍋の中はあっという間に空になった。
食事が終わるとトーヤは「たばこ」という紙に特別な草を巻いた嗜好品に火をつけた。
僕は吸ったことがないのだが、このたばこも彼の世界の物らしい。
彼は前の世界でこのたばこを好む「ベビースモーカー」というやつだったらしいが、ジャーパンでは「たばことお酒は成人してから」という決まりがある。
十五歳になって成人するまでずっと我慢していたらしいのだ。
「向こうと違ってこっちじゃたばこが安いのが救いだな」
町で肉を買う時についでにこの「たばこ」を見つけたトーヤは目の色を変えてすぐに購入した。
たったの百イエンである。文句を言うほどの金額ではないし、そもそ二人で稼いだ六千イエンのうちの半分は彼が自由にしていいお金なので文句を言える立場にない。
転生者の中にはこのたばこの煙や匂いを酷く嫌う人も多いらしい。
「前の世界では結構肩身が狭かったけど、こっちの世界にも存在してるってことは転生した奴の中に喫煙者がいたんだな」
口から吐く煙で器用に輪っかを作りながらトーヤが言う。
僕はその匂いが嫌いではなかった。
僕が物珍しそうにその様子を見ていたからだろうか、トーヤは
「吸ってみるか?」
と言ってたばこを僕に差し出した。
お言葉に甘えて一口吸ってみるのだが、たばこは僕が思っていたようなものとは違った。
「これは毒だ」
トーヤには悪いが僕は心の底からそう思った。
煙を吸い込んだ途端、苦いような辛いような何ともいえない風味が喉を襲い、むせかえってしまう。
思わず飛び出した僕の本音を聞いてトーヤは笑っている。
僕はたばこをトーヤに返して「もう二度と吸うものか」と心に決めたのである。
「いよいよ明日だな試験」
たばこの火が消えかかった頃、トーヤが呟いた。
もともと僕もトーヤもサンリーフで冒険者の試験が行われる日にちに合わせて村を出たのだ。
たどり着いた次の日に試験が行われるのはあらかじめわかっていたことだったが、トーヤは敢えて口に出した。
もしかしたら緊張していたのかもしれない。
試験がどのように行われるのかそれは誰も知らない。
去年は志願者同士の模擬戦で決められたらしいが、試験の内容は毎年変わるのだ。
冒険者に向いているかどうか選抜できる方法をギルドが考えて実施する。その方法は試験直前まで明かされない。
すっかり暗くなった空に、浮かぶ綺麗な星々を眺めながら僕たちは翌日行われる試験に「必ず合格しよう」と決意するのだった。
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