第9話

僕にとって初めての一人での食事が出来上がる頃には川沿いは夕暮れに照らされてキラキラと輝いていた。


少しの米と、それから焼いた魚を二匹。

十分すぎる食事でお腹を膨らませた後で、僕は矢尻の手入れをしていた。


たった五個しかない僕の武器。

父に頼めばもう少し作ってくれたのかもしれないが、冒険者になるための道具をこれ以上父に頼むのは何だか申し訳なか感じたのだ。


冒険者になれる町、ジャーパンの東に位置するサンリーフまで行けば冒険者向けの武器を扱う店や鍛冶屋も多いだろう。


当然お金はかかるだろうけど、冒険者になって稼げばいい。

やりたいこと、やってみたいことはまだまだ沢山ある。


そんな風に今後のことに胸を膨らませていると、僕の顔に影が刺した。


顔を上げると、そこに少年が一人。

短く、明るい髪に茶色の瞳。

整った顔立ちの彼は僕をじっと見下ろしている。



「悪い……腹が……。何か……恵んで」


そう言って彼は座る僕の膝の上に倒れ込んできたのである。



「いやぁ、助かったぜ。飯も何も持たずに家を出たからさぁ。金もないし、今晩どうしようかって思ってたら腹が減って動けなくなっちまった」


僕が追加で川から獲ってきた二匹の魚を綺麗にたいらげた少年は両手を顔の前で合わせてお礼を言った。


「日が完全に暮れる前でよかったよ。暗くなったら魚が見えないから」


見えなければ矢尻で狙うのは難しい。

どうして彼が動けなくなるほどに空腹だったのかはわからないが、力になれて良かったと思う。


彼の名前はトーヤ。

近くの町の出身で僕と同じく冒険者になるためにサンリーフを目指しているのだという。


「それにしても、イトムのさっきの魔法は面白いな。モチーフは何かのゲームのキャラとかか?」


トーヤにそう聞かれて僕は首を傾げる。


「ゲーム? キャラ?」


どちらも聞き覚えのない単語だ。


「あれ? そういうのあまりやってないタイプか? それなら拳銃から着想を得たとか?」


「拳銃」も知らない言葉だった。

僕がわからないという顔をしているとトーヤは少し驚いた様子だった。


「まさかお前……転生者じゃないのか?」


そう聞かれて僕は理解した。

トーヤは「転生者」なのだ。彼の言っていた僕には馴染みのない単語は恐らく転生する前の世界の物なのだろう。


僕が頷くとトーヤは「マジか」と呟いた。

僕は内心で少し不安になる。


転生者は僕たちのような普通の人間をどう思っているのだろうか。


トーヤと出会って初めてそんな疑問が脳裏に浮かんだ。


僕が「冒険者」になるためにここにいることをもうトーヤは気づいているだろう。


「馬鹿なやつ」と思うだろうか、それとも「邪魔だな」と思うのだろうか。

そんな風に考えながら僕はトーヤの次の言葉を待った。


しかしトーヤはそんなことは言わなかった。


「すげぇな。それであの魔法を思いつく発想力すごすぎるぞ」


そう言ってニカッと笑う。

僕は思わずキョトンとしてしまう。


トーヤは僕のことを悪く思わなかったようだ。

それどころかもう一度食事の礼を言ってから



「同じ冒険者を目指す奴とここで会えてホッとしたぜ。もし良かったらサンリーフまで一緒に行かないか?」


と提案してくれたのである。

その屈託のない笑みと裏表のなさそうな様子に僕はその申し出を受け入れた。


話を聞くにトーヤはやはり「転生者」だった。

生まれてすぐに自分が前世の記憶を持っていると悟った彼はこの世界に「冒険者」という職業があることを知ると自然とそれを目指すようになった。



彼に与えられたスキルは「剣技習熟度上昇」というもので、普通の人よりも剣の扱いに関する習熟度が早くなるというものだった。


幼い頃から木剣で修練を重ね、技を磨き続けた彼は十五歳の誕生日を迎えた後でサンリーフで行われる冒険者の試験の日程に合わせて村を出たらしい。


その際、「転生者協会」からの支援金で持ち出したのは剣を買うためのお金だけ。

残りは全てこの世界の両親と生まれ育った村に寄付したそうだ。


「何もわからず不安だった俺に、両親も村の人達も温かく愛情を注いでくれた。その愛に恩返しがしたかったんだ」


そう言って笑うトーヤの顔はどこか寂しそうでもあった。


トーヤの村は決して裕福ではなく、むしろ僕の住んでいた村よりも貧しい環境だったようだ。


彼は旅をするために両親が支度金を用意したいと言うのも断り、村の食料を持ち出したくないという理由でほとんど何も持たずに村を出たらしい。



「道中で鹿とか何か獣を狩ればいいと思っていたけど、そううまくは行かないもんだな。この町の近くまで来たら美味そうな匂いがしたからさ、思わずここに寄って来ちまった」


そう言って笑うトーヤ。

正直、その話だけを聞けば彼の準備不足は否めない。

けれど、そんなことよりも彼の快活さと話からでも伝わる底抜けの優しさを僕は気に入ってしまうのだった。

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