第7話
五体の魔物を相手にしても恐れない精神力と、一撃で敵を倒す術を僕は手に入れた。
目の前で倒れるゴブリン達を前に、その生命を奪い取った感覚と共に確かな達成感が僕の中にあった。
「準備は終わった」
そう思った。
二週間後、僕は十五歳の誕生日を迎えた。
冒険者になるためには村を出て大きな町まだ行かなければならない。
荷物をまとめて旅の準備をしていると僕の部屋に兄、トムルがやってくる。
「本当に『冒険者』になりたいのか? 出ていくのか?」
トムルは悲しそうな顔をしていた。
僕のことを笑うわけでも、馬鹿にするわけでもなく心配しているのだ。
僕がどれだけ本気なのかということをトムルはわかっていた。
「うん」
僕が頷くとトムルはさらに悲しそうな顔になり、今にも泣きそうだった。
「俺と一緒に鍛冶屋をすればいいじゃないか! お前は文字ができる。算術も。その力で俺を助けてくれよ」
三年前、トムルは父の跡を継ぎ正式に鍛治職人になった。
その腕はみるみるうちに上達して、村の中でも評判だ。
こんな小さな村に鍛冶屋は二人もいらない。
「ごめん……でも、『冒険者』は僕の憧れだから」
両親や兄にどれだけ止められようと僕の気持ちは変わらなかった。
その頑固さをトムルもよく知っているだろう。なにせ、僕が生まれてからずっと一緒に過ごしてきた大事な兄なのだから。
それでもトムルはきっと止めずにはいられなかったんだと思う。
転生者じゃない者が冒険者になる。その難しさは僕だけじゃなくて誰もが知っていることだ。
それでも、僕はなりたい。
僕の命を救ってくれたあのノーマのような冒険者に。
華麗な魔法で戦える冒険者に。
旅支度を終えた僕は家の玄関口に向かう。
そこには父と母が立っていた。
父は優しく笑い、母は目を赤くして微笑んでいた。
父が僕の肩に手を置く。
「本当は、ずっと前からお前が『鍛治職人』ではない何かになりたいのだろうとは思っていた。まさか『冒険者』とは思わなかったが……。お前は頭のいい子だ。その難しさも大変さもきっと理解していると思う。だから私達は止めないことにした」
父はそう言って僕の頭を撫でた。
その後で母が優しく僕を抱きしめる。
「いつだって帰って来ていいのよ。たまには手紙を書いて、無事を知らせてね」
母の腕の中はとても温かかった。
僕は、両親に恵まれていると思う。
普通、自分の子供が身の丈に合わない愚かな夢を持っていたら止めるんじゃないだろうか。
それも命を落とす危険のある仕事だ。
それでも送り出してくれる両親に僕は確かな愛情を感じた。
村を出るとそこにはいつもの見慣れた森が広がっている。
歩き慣れた森の中は最早庭のような物だ。
冒険者になるためにはこの森を抜けて街道に出て、近くの町を経由してさらに大きな町まで行かなくてはならない。
家族と離れる寂しさとようやく夢への第一歩を踏み出した嬉しさの両方を抱えて僕は森の中に入って行く。
最後に、子供の頃に作って一日の大半を過ごした隠れ家を見ていくことにした。
最初は岩を魔法でくり抜いて作ったただの穴だった隠れ家は今ではもう「家」と呼べるくらいには立派な物になっている。
その周りは柵で囲まれていて、柵の外には複数の罠が。
柵の中では狩りをして得た獲物を解体するための場所だったり、薬草の知識を高めようとして作った小さな畑があったりする。
もうしばらくはここに帰ってくることはないと思い、危険な罠だけ取り外してから僕は隠れ家を後にした。
この森には基本的にゴブリンしか居ないと思う。
それは、長い年数をかけて自ら調査した結果で、ゴブリン以外の魔物に出会ったことはない。
そして、相手がゴブリンであるならば僕は最早そんなに苦戦することはなかった。
森を抜けるまでの間に何体かのゴブリンの群れに遭遇したが、鉄の矢尻を魔法で飛ばし何なく倒すことができた。
今までは倒したゴブリンの死体は必ず土に埋めていた。
自分の手でその生命を奪ったからか、そのまま放置しておくのはどうも忍びない。
しかし、これから冒険者になると決めたからにはゴブリンを埋まる前にやっておくことがある。
それはゴブリンの右耳を切り落としておくことだ。
冒険者の収入は基本的に倒した魔物の数で決まるらしい。
そして、その倒した魔物の数を証明するために魔物の耳が必要なのだ。
僕は道中出会った全てのゴブリンの右耳を切り落とし、鞄につけたポーチの中にしまった。
今までこれをしてこなかったのは村ではこの耳は買い取って貰えないからである。
しかし、これから大きな町に行くのだからそこできっとこの耳は売れる。
大したお金にはならないかもしれないが僕は冒険者になった記念として、ゴブリンの耳を換金することにしたのだ。
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