第5話
大変だったのは家に帰ってからだった。
魔物の血にまみれた僕を見て母は悲鳴をあげ、気絶した。
騒ぎを聞きつけて裏の工房から父と兄が走ってきて、僕の姿を見て絶句していた。
その日の夜、家族会議が開かれた。
僕は森で何があったのかを完結に説明する。
ゴブリンに遭遇し、魔法で倒したと。
父と母は僕が魔法を使えるということに驚いていた。
魔法は学ぶにとてもお金がかかる。
ただの村人に払えるような金額ではないため、僕がどうして魔法を使えるのか二人は知りたがった。
隠し通すのにはもう無理がある。
そう思っていた僕は、この日初めて両親に「冒険者になりたい」と伝えた。
笑われると思った。
もしくは「馬鹿なことを言うな」と叱られるかと。
しかし、父は何も言わなかった。
ただ黙って腕を組み、難しい顔をして僕の目を見ていた。
母は泣いていた。その涙がどういう理由の涙なのか、僕はわからないフリをした。
翌日、まるで何事もなかったかのように家族で朝食を食べ父と兄は工房へ向かう。
家を出る直前に父は
「大人になるまでは危ないことはしないと約束してくれ」
と僕に告げた。
僕はその約束を守った。
その代わりに、魔物との戦闘経験も欲しかった僕は別の方法を考えたのだ。
まず、隠れ家の範囲を拡張した。
崖のような岩をくり抜いて作った隠れ家から近くの太い木の幹に縄をくくりつけ、そこに足場を作った。
同じ要領でその隣の木にも足場を作り、それを少しずつ伸ばしてゴブリンの生息地の近くまで繋げていく。
そして、生息地の一番近く。一番高い木の上に魔法で一番広い足場を使った。
木材で簡素な小屋を立てて、葉っぱで周囲をカモフラージュし見つかりづらくした。
後は日中毎日森に入り、はぐれのゴブリンが近くを通るのを木の上から見張り続けた。
ゴブリンと戦う二度目のチャンスは割とすぐに訪れた。
木の上からはぐれのゴブリンがこちらに近づいてくるのを発見したのだ。
木の葉のカモフラージュのおかげでゴブリンはまだこちらに気づいてはいない。
僕はすかさず用意していた木の矢を構えた。
外した時のために次の矢も準備しておく。
放った矢はゴブリンの右目を貫いた。
またしても致命傷ではない。
どうやら僕が現状使える物を浮かせる魔法では遠くの敵を一撃で倒すには威力が十分ではないらしい。
また、対象が離れれば離れるほど矢をコントロールするのが難しく、少しの風で照準がずれ、狙い通りにいかない。
ゴブリンは片目を失いながらも木の上にいる僕を見つけたらしい。
棒切れにしか見えない棍棒を持ってこちらに走ってくる。
前回の経験を活かし、今度は慌てなかった。
次の矢もすでに手元に準備してある。
それでも僕はその矢をすぐには放たずにゴブリンが近づいてくるのを待った。
木の根元まだ来たゴブリンは上にいる僕を睨みつける。
しかし、何か警戒をしているのかそれとも単純木の登り方を知らないだけか、上に上がって来る気配はない。
僕は矢を構えた。
本当は登ってくる時の無防備な状態の時に撃ち下ろそうと思っていたのだけれど、登って来ないのなら仕方がない。
むしろ、登ってこないのならば奴に矢が当たるまで放ち放題である。
二本目の矢は見事にゴブリンの額に命中した。
十分に矢を操ることのできるその距離を僕は覚えておこうと思った。
倒れたゴブリンはぴくりとも動かない。
それでも僕は木からは降りなかった。
油断させようと死んだふりをしているのかもしれない。
もしくは、近くに他のゴブリンがいるかもしれない。
再び息を殺して周囲の様子を確認する。
他にゴブリンは見当たらない。
倒れた方のゴブリンも以前としてぴくりともしない。
数十分待って僕はようやく木を降りることにした。
小屋の中に置いていたただの木の棒を手にとって足場から飛び降りる。
僕の魔法では身体を浮かせることはできないが、手に持った木ならば浮かせることができる。
それでも体を持ち上げるほどの力はないようで、ゆっくりと落下してしまうのだが高い木から降りる分には便利だった。
地面に降り立った僕は倒れたゴブリンに近づく。
念の為、本当に念の為に木の矢を一本。至近距離からゴブリンの心臓に突き刺した。
ゴブリンに反応はない。
既に絶命していた。
僕はゴブリンの身体に刺さった矢を丁寧に抜き取ってその血を持ってきた布で拭い、それからその死体を隠れ家の近くまで持っていって土の中に埋めた。
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