第4話

ゴブリンというのは随分と恐ろしい見た目をしている。


剥き出しの牙は野生の獰猛な動物を思い起こさせるし、小柄な体躯に似つかわしくない凶暴な目。


さらには緑色をした肌が人間とは根本的に違う生物なのだと告げているようだ。


それだけではなく、近づくと微かに漂う嫌な臭いは彼らに「洗濯」や「入浴」という文化がないことを教えてくれる。


生息地を息を殺して徘徊し、時折草むらの影から顔を出して周囲の様子を確認していた僕はすでに何体かのゴブリンと遭遇していた。


しかし、まだ戦ってはいない。

決して実際にゴブリンを見たら勇気が出なくなったなどというわけではなく、戦う相手を見定めているのだ。


見つけたのはどれも「群れ」で行動するゴブリンだった。


その小柄な魔物は僕にとっては未だ脅威だが、冒険者の中では「最弱の魔物」と呼ばれている。


そのせいか、ゴブリンは多くの野生動物と同じように群れで行動するのだ。


群れには必ずボスがいて、そのボスの指示に従って行動する。


最低でも三体以上で集まっている群れには到底太刀打ちができない。


僕が探しているのはそういった群れから何らかの理由で離れた「はぐれ」のゴブリンだった。


思えば、僕が初めてゴブリンに襲われた時、あのゴブリンも一体だけだった。


あいつもはぐれだったのだろう。


初めての戦闘、武器は粗末な木の矢のみ。

相手が一体とはいえ僕は緊張していた。


ようやくはぐれのゴブリンを見つけた時、僕の緊張は最高潮に達していた。


茂みの中からその姿を盗み見るだけでバクバクと心臓がなって仕方がない。


それでも、僕は夢を叶えるためにカゴから矢を一本取り出して草むらの中からゴブリンに狙いをつけた。


高鳴る心臓を落ち着かせるように、息を吸い深く吐く。


もう一度吸って、呼吸を止めた。


矢に魔力を込めて、勢いよく射出する。


矢は真っ直ぐに飛んで、そしてゴブリンの首筋に突き刺さった。


「ギャッ」


というゴブリンの悲鳴。

僕は「やった」と思った。


しかし、ゴブリンは尚も動いた。

魔法の威力が足りず、致命傷に至らせるには足りなかったのだ。


ゴブリンは立ち上がり、矢の飛んできた方向から僕の隠れている茂みの中が怪しいと並んだらしい。


石で作られた原始的なナイフを片手に振り上げてこちらに向けて走ってくる。


まずい。非常にまずい。


僕は初撃でゴブリンを倒すつもりだった。

矢はまだ残っているが、それを用意するのにもたついてしまう。


焦っていた。

殺されまいと懸命になるゴブリン。


それが命のやり取りであるという認識が足りていなかったのだ。


僕が手こずっている間にもゴブリンはどんどんと迫ってくる。


このままではその手に持った切れ味の悪そうなナイフで無惨にも殺されてしまうだろう。


そう思って急げば急ぐほど、僕の指先は震えて矢を取るのに時間がかかる。


ようやく次の矢を背中に背負ったカゴから取り出した時にはゴブリンはもう目の前まで来ていた。


さっきのように狙いをつけている暇はもうない。

僕はただ、勢いよく矢を射出することだけを考えて振りかぶり、投げるように矢を放った。


思わず目を閉じてしまうのはよくない。

怖かったから仕方ないかもしれないが、ゴブリンがもしも僕の矢を避けていたら、そのままなす術なくゴブリンに返り討ちにされていただろう。


しかし、そうはならなかった。

ドサッという音と共に、顔に何かがかかる。


ゴブリンの血が赤ではなく紫だということを目を開けてみて初めて知った。



ドッと疲れが増していた。

緊張から解放されて僕はその場にへたり込んだ。


ゴブリンは矢によって首を再び貫かれ、その場に倒れ込んでいる。


その傷口から吹き出した血が僕の身体にかかったのだ。


倒れたゴブリンからも大量の血が流れ込んでいる。


その血がへたり込んだ僕の足元を濡らしても、僕はまだ動けずにいた。


両腕がまだ震えるのは恐怖のせいだけじゃない。


初めて生命を奪ったその感覚が魔法を通して僕の両腕に伝わってくるような気がした。

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