第3話
僕は八歳になる頃には文字を習得した。ついでに算術も。
父の知識だけでは不十分なところは、村に時折やってくる商人から教えてもらったりして勉強した。
兄であるトムルは僕ほど文字に興味関心を惹かれなかったらしい。
僕ほど文字の覚えはよくなかった。
その代わりトムルは鍛治仕事の方に興味を持ったらしい。
十歳になった頃くらいから父の工房に入り浸るようになり、今ではその仕事を手伝うまでになっている。
僕達は十五歳で一人前の大人として認められ、仕事に就くことができるようになる。
家業のある者はその家業を継ぎ、そうでない者も自分のなりたいものや縁によって職業を決める。
僕は文字を覚えたことで魔法の本を読めるようになり、少しずつ使える魔法を増やしていたがそのせいで父や母に「息子は二人とも家業を継いでくれる」と思わせてしまったらしい。
そして、その思いを裏切ることになるとわかっていながらも僕の中で「冒険者になりたい」という思いは日に日に強くなっていた。
そのことを両親に伝えられない後ろめたさも感じながら。
僕は両親にバレないように森の中で本を読むようになった。
もう二度と襲われないように森の中のゴブリンの生息地を独自に調べて安全な場所を探したのだ。
初めてゴブリンに襲われて以来、覚えた魔法は二つ。
木の葉を浮かせる魔法と土を掘る魔法だ。
木の葉を浮かせるといってもノーマのように無数の木の葉をまるで刃物のように操ってゴブリンを攻撃することはできない。
その代わりに土を掘る魔法で身の安全を確保した。
崖のように大きな岩に魔法で穴を掘り、小さな部屋を作って隠れ家にした。
そして、その周囲の地面にも穴を掘り、その上に葉っぱを被せて土をかけカモフラージュする。
落とし穴をいくつも作ってゴブリンが来ても逃げられるようにしたのだ。
隠れ家はゴブリンの生息地から離れた場所にした。
それでも、最初の頃はふらふらと迷い込んだゴブリンが襲ってのではないかとビクビクしていた。
しかし、そんなことはなかった。
その間に僕は新しく覚えた魔法でさらに隠れ家を強化していった。
数年後、覚えた魔法が十を越える頃には子供の浅知恵とはいえ隠れ家はゴブリンなんてものともしないくらい強固なものになっていた。
十二歳。
肉体的にも精神的にも大きく成長する時期。
その日、僕はとある目標を持って森の中の隠れ家にいた。
家から持ち込んだ布と木の葉と木で作った簡素なベッドに寝転んで、ノーマから貰った本を開いていた。
本の内容はもう穴が空くほど読み込んだ。
そこに書かれている魔法は全部使えるようになった。
それでも、僕が冒険者になるのだとしたらまだまだ何も足りない。
転生者でもない普通の人間が冒険者になることの難しさ。
少し成長した僕はそれを少し理解し始めていた。
それでもまだ「冒険者になりたい」という思いは変わっていない。
あの日、あの瞬間に僕の命を助けてくれた冒険者ノーマに憧れていたのだと思う。
そんな僕に今足りないもの。
それは「魔物との戦闘の経験」だった。
初めてゴブリンに襲われて以来、僕はゴブリンを避けてきた。
隠れ家に引きこもり、そこに罠をたくさん作って防御を固めたがそれは本来冒険者のあり方とは違う。
冒険者は魔物を倒す職業なのだ。
自ら立ち向かい、その手で魔物を倒す。
十二歳になった僕の挑戦とは隠れ家から出てゴブリンと戦うことだった。
まず下準備に隠れ家から見える範囲で小枝を集める。
そして「木の葉を浮かせる魔法」と「木の葉をナイフのように鋭く硬質化する魔法」を使って拾った小枝の余分な部分を削ぎ落とし、先を尖らせる。
簡単な木の矢の出来上がりだ。
これを打ち出す弓は必要ない。
「木の葉を浮かせる魔法」の応用でこの木を持ちあげて、高出力で打ち出すことができる。
これが現場僕にできる唯一の攻撃手段だった。
他に覚えたのは汚れた水を汚い部分と綺麗な部分によりわける魔法とか、熱風を生み出して濡れた服を乾かす魔法だとか、到底攻撃には使えないようなものである。
簡易的な木の矢を手作りした蔦のカゴに入れて背負い、僕は隠れ家を出ていく。
前に調べた時にゴブリンの生息地は把握している。
その場所に向けて僕は一歩踏み出したのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます