第2話
僕を助けてくれたのは冒険者だった。
彼は自分のことを「ノーマ」と名乗った。
革の鎧と黒いマントを身につけた彼は偶然この森を探索していて、ゴブリンに襲われる僕を見つけたのだそうだ。
「子供が一人でこんなところに来ちゃダメだろ?」
と口では僕を叱りながらも彼の表情は笑っていた。
たった今襲われていた恐怖などとう忘れて僕は彼に質問した。
「今のは魔法ですよね! お兄さん、冒険者なんですか?」
魔法を見るのも初めてならば冒険者に会うのも初めてだった。
その頃の僕はまだ自分も冒険者になりたいと思っていたわけではないのだが、子供にとって冒険者とは一種の英雄のようなもので、誰でも憧れはする職業だった。
ノーマは「そうだ」と短く答えてくれて、それからまた木の葉を巻き上がらせる魔法を見せてくれた。
「といっても、転生者じゃないんだけどな」
頬をかいて少し恥ずかしそうにしているノーマ。その理由が幼い僕にはわからなかった。
今ならわかる。彼は「後ろめたさ」のようなものを感じていたのだ。
森で助けた少年が目を輝かせて「冒険者」のことを聞きたがる。
きっと「転生者出ないとわかればがっかりする」と思ったのだろう。
でも、僕にとってそれはそんなに重要なことではなかった。
僕の命を救ってくれたノーマだったからこそ素直にかっこいいと思ったのだ。
そして、僕の興味は彼の使う魔法に向いた。
「僕にも使うことができますか?」
そんな感じのことを彼に聞いた覚えがある。
彼は少し戸惑って、でもすぐに笑顔になって僕に魔法について教えてくれた。
魔法はこの世界の誰でも使える不思議な力だ。
必要なのは魔法を生み出し、それをコントロールする「魔力」。それから、どんな魔法を生み出し、どんな効果を持たせたいかを強くイメージすることだった。
ノーマは子供の僕にもできる簡単な魔法を教えてくれた。
それは木の葉を一枚動かすという単純な魔法だったけど、僕はその魔法に夢中になった。
僕に魔法の才能があったのだと錯覚するほどノーマは教えるのが上手かったのだ。
彼が手順を説明して、コツを少し伝授してくれただけで僕は木の葉を動かすことができた。
一度できると人間は「もっともっと」という欲が生まれるものである。
僕はすぐにノーマに他の魔法も教えて欲しいと懇願した。
ノーマは困ったように笑っていた。
「そんなに魔法を覚えてどうすんだ? 冒険者にでもなるつもりか?」
今にして思えばノーマは僕にそうさせないためにその言葉を口に出したのかもしれない。
しかし、僕は彼の口から出た「冒険者」という言葉に心を踊らせた。
「なる! なりたいです! 冒険者に!」
僕の言葉にノーマは確かに少し動揺したと思う。
でも、子供だった僕には彼のその反応がよくわかっていなかったし、彼もきっと僕の言葉を本気にしていなかった。
だからだろう。
彼は荷物の中から一冊の本を取り出すとそれを僕に手渡したのだ。
「これは俺が冒険者になるために使ってた魔法の本だ。もしもお前がこれからこの本で勉強を続けていけば、いつかなれるかもな……冒険者に」
森の中で偶然出会った子供。そんな僕に何故彼がそこまでしてくれたのかわからない。
彼はその後僕を村まで送り届けてすぐに姿を消してしまったし、彼のくれた本にすぐに夢中になった僕はきっと他の些細なことを見落としている。
しかし、その日貰った魔法の本は間違いなく僕の宝物になったのである。
五歳の村人である僕にとって「文字」というのは身近な存在ではなかった。
村には本などないし、普通の村人は読み書きや算術を学ばない。
それができるのは偉い貴族とか、商人だけだった。
その点でいえば、僕は運が良かった。
僕の父は村の農具の修理を請け負う鍛治職人で、読み書きと算術が少しだけできたのだ。
ノーマに貰った魔法の本を読むために僕は父に文字を教えて欲しいと頼み込んだ。
それまで毎日遊びに夢中だった五歳の息子が突然文字を教えて欲しいと頼み込んだのだ。
恐らく父は最初戸惑っただろう。
しかし、「僕が家業を継ぎたがっている」と勘違いをしたのかその翌日から三つ年上の兄と共に読み書きを教えてくれたのだった。
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