第5話  これが帰宅後のルーティン

  

「家に帰るの、ほんとイヤ。毎日すごく疲れるんだよ」

「へー。リコはママと一緒に推し活してるから、楽しいよ」

「……!?」

「そう! Vチューバ―大好きで、ママも一緒に応援してるの。ライブ動画見て叫んでるんだ」

「いいなあ……」


──もう、リコちゃんとは同じ十歳でも、別の星の住人みたい。

うらやましすぎて、ちょっと嫉妬する。


***


「ただいま」

ドアを開けると、ママが立っていた。


「おかえりなさい」

ゴキゲン。時間通りに帰った日は、ママはいつも上機嫌だ。


ミミの放課後ルーティンは決まっている。

ジョギングに行き、家事の手伝い──お風呂掃除とトイレ掃除は必須。


面倒だと口にすると、必ず返ってくる言葉は同じ。

「ミミ、将来絶対に役に立つわよ。その時、ママに感謝するはずだから」


お手伝いを終えたら十五分で入浴、髪を乾かしながら音楽を聴く。

今はモーツァルト。ピアノで練習している曲だ。


髪が乾いたら、防音室で二時間の練習。

休日は四時間。

夏のコンクールで金賞を取らなきゃいけない。──がんばるしかない。


夕食は、肉じゃが・味噌汁・焼き魚・ほうれん草のおひたし・玄米。

ママのヘルシー料理の基本形。

十五分で食べ終えたら食器洗い。ママが拭く。


「リコちゃんの家には食洗機あったよ」

「やっぱりね。手を使わないから頭が悪くなるのよ」


……何を言っても、最後は嫌な気持ちになる。


パパは単身赴任。

パパに何を言っても、何も変わらない。

頼れる人なんて、いない。


そして、いよいよ壮絶な勉強タイム。

昨日の復習、今日の課題、大手塾の問題集、英語。

十一時半からは「ふりかえりテスト」。ママの手作り。

間違えれば怒声が飛ぶ。

「さっきやったばかりでしょう!!」


十歳、ミミ。

学校から帰れば、待ち構えているのはこの毎日。


***


「今日はほんと疲れた……。だって、みきちゃんの消しゴムを探してあげたんだ」

「みきちゃん?  隠されたのか、取られたのかしら?」

「わからない。でも、先生はミミが隠したんじゃないかって……」


──嘘だった。ママの顔色が一瞬変わった。


「ミミが疑われたの? わかった。明日、先生に言ってあげる。安心しなさい。これでも頼れる母親なんだから」


……心臓がバクバクする。


【日記】7月2日 くもり


今日は、みきちゃんの消しゴムを探してあげた。

机のまわり、ロッカー、ゴミ箱の中。どこにもなかった。

お気に入りのキャラの消しゴムで、バニラの香りがするって言っていた。


でも、先生は私をずっと見ていた。

「ミミさん、あなたが隠したんじゃないの?  だって、あなたはそういう文具を持っていないでしょう」


「ちがいます、先生。私はとっていません!」

言ったけど、聞いてもらえなかった。

疑われて、すごく悲しかった。

こんなに悲しい気持ちは、生まれて初めて。


家に帰っても、疲れすぎて勉強に集中できなかった。

ママが作ってくれた「ふりかえりテスト」もできなかった。


……残念な一日。

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