エピローグ - 六月の読切（よみきり）（転生新語）

『ネーム、見（み）ましたよ。今回（こんかい）は時間（じかん）が掛（か）かりましたねぇ』

「すいません、提出（ていしゅつ）が遅（おそ）くなりまして。それで、どうでしょうかね？」

　私とパートナーがネームを完成（かんせい）させて、担当（たんとう）編集者（へんしゅうしゃ）の自宅（じたく）へファックスで送（おく）ったのは深夜（しんや）になってからだった。既（すで）に日付（ひづけ）は変（か）わっていて、午前（ごぜん）一時（いちじ）過（す）ぎなのに担当（たんとう）さんは電話（でんわ）で私と話（はな）してくれている。ちなみにパートナーは、とっくに寝（ね）てしまっていた。

『いいと思（おも）いますよ。ヒロインは没（ぼつ）個性的（こせいてき）なキャラクターですけど、そのヒロインが複数（ふくすう）の女（じょ）子（し）、つまり学園（がくえん）の先輩（せんぱい）や同級生（どうきゅうせい）、また後輩（こうはい）から熱烈（ねつれつ）に言（い）い寄（よ）られるって展開（てんかい）ですからね。周囲（しゅうい）のキャラを引（ひ）き立（た）たせる役割（やくわり）で、そういうヒロインもありだと思（おも）います。単発（たんぱつ）の読切（よみきり）ですしね』

「そのヒロインを囲（かこ）む女子（じょし）の中（なか）に、ヒロインの命（いのち）を狙（ねら）う殺（ころ）し屋（や）がいる。そういう設定（せってい）です」

『ええ、そうでした。しかし、その殺（ころ）し屋（や）が誰（だれ）なのかは、ヒロインにも読者（どくしゃ）にも分（わ）からないと。そして厄介（やっかい）なことに、どの女子（じょし）も皆（みな）、怪（あや）しいんですね。身体（からだ）が大（おお）きなキャラは、ヒロインをハグしただけで背骨（せぼね）を折（お）りそうな勢（いきお）いだし。胸（むね）が大（おお）きなキャラは、やっぱりハグしてきて、その巨乳（きょにゅう）でヒロインの顔（かお）を覆（おお）って窒息（ちっそく）寸前（すんぜん）にしてくるし』

「お尻（しり）が大（おお）きいキャラは、駅（えき）でヒロインをうっかりヒップで押（お）しちゃって、線路（せんろ）に落（お）としかけるし。子（こ）どもみたいなキャラは子（こ）どもっぽく突進（とっしん）してきて危（あぶ）ないし、太（ふと）ったキャラは転（ころ）んでヒロインを圧殺（あっさつ）しかけるし、スリムなキャラは料理（りょうり）が下手（へた）でヒロインを昇天（しょうてん）させかける。そういう展開（てんかい）ですね」

『そうそう。それで殺（ころ）し屋（や）の方（ほう）も、ヒロインが狙（ねら）われる理由（りゆう）は知（し）らないんですねぇ。まあ殺（ころ）しの依頼（いらい）をしてきたのは政治家（せいじか）なので、ヒロインはその政治家（せいじか）の隠（かく）し子（ご）なのだと想像（そうぞう）はできます』

「そして、場面（ばめん）は最終（さいしゅう）局面（きょくめん）です。ヒロインが通（かよ）っている学園（がくえん）で、ダンスパーティーが開（ひら）かれます。会場（かいじょう）にはテレビにもなる大（おお）きなスクリーンがあって、そこからミュージシャンの映像（えいぞう）と音楽（おんがく）が流（なが）れて、パーティーは大盛況（だいせいきょう）です。ヒロインは女子（じょし）から囲（かこ）まれて、逃（に）げ場（ば）がありません」

『ヒロインも、自分（じぶん）が命（いのち）を狙（ねら）われてるとは知（し）らないので、読者（どくしゃ）の立場（たちば）からはハラハラさせられますね。殺（ころ）し屋（や）のシルエット、と言（い）ってもどのキャラか分（わ）からないように描（か）かれてますが、とにかく殺（ころ）し屋（や）がヒロインに近（ちか）づいてきて。あわや、という瞬間（しゅんかん）、スクリーンにはニュースの速（そく）報（ほう）が流（なが）れます。そうですよね』

「ええ。会場（かいじょう）のスクリーンというか大型（おおがた）テレビでは、殺（ころ）し屋（や）に依頼（いらい）をした政治家（せいじか）が、病気（びょうき）で急（きゅう）死（し）したと報（ほう）じられます。依頼人（いらいにん）が亡（な）くなったことで、殺（ころ）し屋（や）の女子（じょし）はヒロイン殺害（さつがい）を中止（ちゅうし）するんです。ゴ〇ゴ１３（サーティーン）だったら依頼人（いらいにん）が死亡（しぼう）しても依頼（いらい）をやり遂（と）げるんでしょうけど、今作（こんさく）の殺（ころ）し屋（や）ちゃんは、そこまで義理（ぎり）堅（がた）くはないんですよ」

『ニュースの後（あと）もパーティーは続（つづ）いて。ヒロインは、殺（ころ）し屋（や）も含（ふく）めた女子（じょし）たちに、もみくちゃにされて。『今夜（こんや）は寝（ね）かせないわよ。私たちが、貴女を悩殺（のうさつ）してあげる』と女子（じょし）たちが笑（わら）って終了（エンド）ですか。最後（さいご）まで、殺（ころ）し屋（や）が誰（だれ）かは分（わ）からないんですねぇ』

「そうなんですよ、女（おんな）の子（こ）の戦（たたか）い方（かた）は色々（いろいろ）とあるんです。表（おもて）に出（で）てきて、勝敗（しょうはい）がハッキリするような戦（たたか）いが全（すべ）てではないってことですよ。少年（しょうねん）マンガ的（てき）なバトルと違（ちが）った展開（てんかい）で、アンチテーゼっていうのかジンテーゼというのか、とにかく新（あたら）しい視点（してん）のお話（はなし）です」

　あやふやな理解（りかい）の用語（ようご）を並（なら）べて、とにかく私は、電話（でんわ）を通（とお）して担当（たんとう）編集者（へんしゅうしゃ）に読切（よみきり）ネームのアピールをしまくった。ネームが通（とお）らなければ今後（こんご）の仕事（しごと）も無（な）くなりかねないので、こちらは必（ひっ）死（し）である。

『まあ、ネームの内容（ないよう）は、これでいいと思（おも）います。細（こま）かい部分（ぶぶん）の打（う）ち合（あ）わせは明日（あした）──というか、もう日付（ひづけ）が変（か）わってますね──とにかく一回（いっかい）、眠（ねむ）ってからにしましょう。では、おやすみなさい』

　通話（つうわ）を終（お）えて、どっと疲（つか）れが出（で）た。と言（い）っても学生（がくせい）の頃（ころ）、テスト期間（きかん）が終（お）わったときのような爽快感（そうかいかん）もあって、この感覚（かんかく）が私は嫌（きら）いじゃない。こういう何（なん）とも言（い）えない感覚（かんかく）がある限（かぎ）り、私は創作（そうさく）の仕事（しごと）から抜（ぬ）け出（だ）せないのだろうなぁと思（おも）う。今（いま）は寝（ね）ている私のパートナーも、きっと似（に）たようなものだろう。

「ほら。ネーム、通（とお）ったわよ。もういいでしょ、足（あし）をどけるわよ」

「うーん……もっとぉ……ぐりぐりってしてぇ……」

　私は寝室（しんしつ）のベッドに腰（こし）かけていて、パートナーは床（ゆか）に敷（し）いたマットで、うつ伏（ぶ）せになっている。彼女は腰（こし）を私に踏（ふ）まれるのが大好（だいす）きなのだそうだ。マンガ家（か）は腰（こし）を痛（いた）めやすくて、彼女が起（お）きたら、今度（こんど）は私も腰（こし）を彼女からマッサージしてもらおう。

「えい、ぐりぐりぐりぐり。はい終（お）わり」

　足（あし）の指（ゆび）でお尻（しり）をつまんだりして、それから足（あし）をどけた。満足（まんぞく）そうにしながら、パートナーが寝息（ねいき）を立（た）てる。こういう姿（すがた）を見（み）ていると愛（いと）おしさを覚（おぼ）えるのだから、やはり私たちは良（よ）いコンビなのかもしれない。今回（こんかい）のネームも、彼女との会話（かいわ）から生（う）まれたようなものだったし。

　私はＣＭ（シーエム）曲（きょく）の炎上（えんじょう）騒動（そうどう）を思（おも）い出（だ）した。きっとコロンブスは、自分（じぶん）を物語（ものがたり）の主人（しゅじん）公（こう）のように考（かんが）えて、何（なに）も疑問（ぎもん）を持（も）たなかったのだろう。彼（かれ）に取（と）って、未開（みかい）の地（ち）にいた先住民（せんじゅうみん）は脇役（わきやく）に過（す）ぎなかった。主人公（しゅじんこう）に都合（つごう）がいい物語（ものがたり）は好（この）まれやすいのだ。しかし脇役（わきやく）が迫（はく）害（がい）されても構（かま）わないというような、勝手（かって）な理屈（りくつ）は、やはり許（ゆる）されないのである。私も物語（ものがたり）を作（つく）るときには気（き）を付（つ）けなければ。