第10話 コワモテすぎる冒険者は日々を憂う③
ガイドブックに掲載されていた店にやって来た。
マイク・バルカンは人並外れた甘党である。
冒険者の多い町では、飲み屋や肉料理をメインとした飲食店ばかりが軒を連ねることが多い。
そんなときには、女性向けのガイドブックが重宝するのだ。
スイーツやジュースなど、その地域の特産果実や菓子などを売りにした店は探すのに苦労する。しかし、女性の冒険者や行商人、各ギルドの受付嬢が監修したガイドブックが存在した。それに掲載されている店舗に行けば、ほぼ間違いはない。
この店もカフェのようなオシャレな内装で、利用している客も大半が女性だった。
しかし、怯む必要はない。
こういった店はランチタイムも営業しており、回転率を上げるためにカウンター席を設けていることが多いのである。
夜の営業ではひとりで訪れる女性は少なく、カウンター席には大抵空きがでるのだった。
入口の扉を開くと、正面にカウンターが見える。
よし、思った通り先客はいない。
「い、いらっしゃいませ。」
ウェイトレスがかけてくる声や客からのざわめきが聞こえるが、あえて視線はずらさない。
ウェイトレスに軽く手を挙げて、席への案内を拒んでおく。
このタイミングで振る舞いを失敗すると、客を怖がらせて帰らせてしまったり、ウェイトレスに過剰な緊張を強いてしまうのだ。
顔面が恐怖でしかない俺なりに、周囲への配慮は欠かしてはならなかった。
席へと座る前に、整然と並んだ椅子の一脚を少し横にずらしておく。
一般的な席空間では俺の巨体はおさまらない。
腰を下ろすと、すぐにウェイトレスが水とおしぼりを持って来てくれた。
「ありがとう。」
「ひゃ、ひゃいっ!い、いらっしゃしゃいますぇ~。」
軽く挨拶代わりに礼を言っただけだが、やはり俺の低いバリトンボイスでは威圧感しか与えないようだった。
いや、それにしても噛みすぎだろうが。
気まずい雰囲気が流れたため、黙ってメニュー表を開く。
「カルーアミルクをくれ。」
「え?」
「カルーアミルクだ。」
「しょ、承知致しました!」
「他の注文は決まってから言う。」
「つ、追加のご注文がお決まりになりましたら、お声がけください。」
ふぅ。
いつものことだが、やはりこの顔でカルーアミルクと言っても似合わないのだろうな。
まあ、いい。
今に始まったことではないからな。
それより、冒険者ギルドから俺を尾行している奴がいる。今もこの店のどこからか見張っているようだ。
体をずらせば尾行に気づいたことがバレるだろう。
ならばと携帯用の鏡を取り出して、自分の顔を見るフリをする。
鏡のわずかな隙間から見える後方の視界。何度か角度を変えて尾行者を特定した。
あいつは・・・
間違いない。
ギルドで見かけたあのイケメン野郎だ。
ガシャッ!
フォークかスプーンを落としたような音が前方から聞こえた。
顔を上げると、バーテンダーの様な装いをした女性が、青白い顔でプルプルと震えていた。
ああ、そういえば、歯に何かつまっていないか鏡で確認する小芝居をしていた。俺のような奴が鏡を見ているのは不自然かと思ってのことだが、獰猛な野獣が牙を剥き出しにしているように見えるのかもしれない。
相変わらず、いろいろと面倒な顔だ。
俺は鏡をなおして一考する。
なぜだ。
なぜ、あのイケメン野郎は俺をつけている?
偶然という可能性もあるが、どうだろうか。
やはり、そっち方面が趣味で、俺を狙っているのだろうか。
いやいや、奴のような容姿なら、こういった女性ウケする店に来ることも不自然ではない気もする。
女性との待ち合わせ、もしくは今夜のパートナーになる相手でも探しに来たのか?
どちらにしても、俺には縁遠い話だ。
くそ、イケメンやリア充など、みんな爆裂魔法で吹き飛ばしてやりたい。あと、俺のケツを狙っているなら八つ裂きは確定的だ。
いや、そんなことをしたら依頼主が減るか。
冒険者ギルドに多額の依頼金を支払う者の大半は、リア充──成功者だと聞くしな。
世の中はうまくできている。
すべてにおいて充実している者が勝ち組で、そいつらは常にコンプレックスなど持ち合わせていないのだと何かの文献で読んだ。
そう、コンプレックスなど、金や権力でどうとでも跳ね除けるという奴が成功するのだ。
だからこそ、俺もSランク冒険者を目ざして努力してこれた。
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