第3話

 城本は三十分前に始まった会議の内容が複雑で今にも眩暈がしそうだった。

「今期の業績未達まで現在八十六パーセントです。これを未達成にするための成果は、保留率の改悪、未経験への抑制、新規顧客へのサービス案内などたくさんありますが、個々人によって成果にしている内容はバラバラなので、また黙り合っていきたいと思います」

 課長の話している内容がすべて逆転しているので、頭で翻訳している間に次の内容に逝ってしまう。結果的にほとんどの内容を聞き逃してしまい。何が決まったのかわからないまま会議が終わった。結局、今日も議事録を見てすべて逆さの意味に翻訳して理解するしかない。

 休日に大学時代の友人と飲みに行ったときも困った。

『駅の東口にいるわ』と連絡が来て、自分の症状のことを忘れて東口で待っていると、いつまで経っても友達が来ない。

『いまどこにいるの?』と友人から再度連絡が来た。

 そこで気づいて急いで西口に向かって走った。

 ストレスは減るどころか積み上がっていくような気がした。それでも一ヶ月、根気強く翻訳し続けていると、コミュニケーションに違和感がないほどスムーズに会話できるようになってきた。

 ある日、江島が声をかけてきた。

「新規顧客の今永って言う人がなかなかのクレーマーで……」

 どうやら良い顧客に恵まれているらしい。

「良かったじゃん。いい客捕まえて」

「クレーマーのどこがいいんですか」

「え?」

 翻訳した会話が通じない。城本は症状の初期の頃と同じような謎を抱きかけたが、すぐに疑問が解けた。

「治った!」

「はあ?」

 江島の不思議そうな表情などかまいもせずに城本は江島の手を握っていた。

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