第17話 憑依。


 見ていられない。

 おい、誰か何とかしてやれよ。


 大男はズボンを下ろすと、少女の上に身体を乗せようとする。


 少女は、首輪の力で身動きがとれない。やがて、懸命に振っていた首の動きがとまり、赤い瞳から生気が失われていくのがわかった。


 少女は無表情になると、涙を流した。


 その様子を見た男が動きをとめる。

 そして、少女の頬のあたりを挟む様に掴んで言った。


 「おい、名前教えろよ。女の名前。呼びならやりてーからよ」


 「……」


 バチンッ!!


 男は左手で少女を平手打ちした。

 少女は消え入るような声で答える。


 「……ヴ」


 「あぁ? きこえねーんだよ」


 男はまた左手を振り上げる。

 今度は拳だ。 


 「……イヴ。イヴ•フォーナイト……」


 それを聞いて、男はゲラゲラ笑った。


 「嘘つきやがって。奴隷にファミリーネームなんてあるわけねーだろ。フォーナイト? どこのお貴族様かっての。まぁ、いいわ。んじゃあ、イヴ。気持ちよくしてくれよ」

 

 男がまた馬乗りになる。



 どうしたら。

 ……俺に何がてきる?

 このままじゃ手遅れになる。




 ————「運が悪ければホントに死ぬの♪」


 何故かティアの言葉が脳裏をよぎった。


 そうか。アレがあったか。

 うまくいくかなんて分からない。


 だが、無力な俺にできる唯一の方法。


 『憑依』


 試してみる価値はある。

 

 補助魔法と一緒なら、依り代はパーティーにいないと使えないはずだ。俺はイヴにパーティー申請を出してみる。


 すると、すぐに受け入れられた。

 それだけ怖い思いをしているということだろう。


 イヴと目が合った気がした。



 俺は目を閉じて意識を集中する。

 そして呟く。


 ……「憑依」


 目の前が真っ暗になった。

 直後に、ドンッと、どこかから落とされたような感覚があった。

 

 凄まじい頭痛と息苦しさだ。


 カハッ……。

 大きく息を吸い込む。

 蘇生っていうのはこんな感じなのだろうか。


 イヴの怖さ、悲しさ、無力感が濁流のように俺の中に流れ込んでくる。


 そして、記憶の一部も。

 国に裏切られた一族の没落。

 親族の死。

 身をやつして生きのびた屈辱感。


 目を開ける。

 すると、俺は箱の外にいた。

 手をみると、女性の華奢な手だ。


 だけれど、視界に入る毛髪は黒髪だった。


 そして、この身体への力の流入を感じる。

 おそらく、本来の力の3割と言ったところか。


 とはいえ、日本にいた頃の貧弱な俺とは雲泥の差だ。


 ……。


 不潔そうな男が俺の上に乗っている。

 心底、気持ち悪い男だ。


 度し難い。


 男の手首を持って捻る。

 すると、骨の砕ける小気味のいい音がした。


 男は金切り声をあげて、のたうち回った。


 しかし、見知らぬ少女から引き継いだ復讐心が消えない。


 俺は、男の首を持った。

 ギリギリと握り込むと、頸椎の形が指先に伝わってくる。男は白目をむいて、口から泡を吹いた。


 あと少しだ。

 後少しだけ握り込めば、こいつの命は砕ける。


 もう1人の男をみると、小便を漏らし、床に這いつくばっていた。

 


 「つばきくん、だめっ!!」


 聞き慣れた声だ。

 カルアが俺の腕に抱きついてくる。

 起きてくれたのか。


 


 …………。


 ブハッ。


 また急にどこかに落とされるような感じがした。

 凄まじい苦しさだ。

 まるで、イヴの身体にいた間、ずっと息を止めていたような感覚だった。


 これは大袈裟じゃなく、一歩間違えると死んでしまいそうだ。



 目を開くと箱の中だった。


 ……外の状況は?


 カルアがイヴを抱きしめ、ミミルが唸り声をあげ男達を威嚇していた。ミミルの凄まじい殺気におののき、取り巻きの男は、這いずるように逃げ出した。


 大男の方は、騒ぎを起こしたということで衛兵に連れて行かれた。


 店内の注目が俺たちに集まり、騒然としている。  


 ちょっと、ここじゃ話せないか。


 このまま放置もできない。

 イヴは俺たちの宿屋に連れていくことにした。


 ミミルにはイヴを連れて先に宿屋にいってもらう。ちょっと寒くて申し訳ないが、イヴには先ずは水浴びでもして落ち着いて欲しい。


 俺とカルアは、必要なものを買いに行く。

 まずは、イヴき着せる服が必要だろう。


 歩きながら、カルアが聞いてきた。


 「さっきのイヴさん、つばきくんだったでしょ?」


 そうそう。

 俺も不思議だったんだ。なんで分かったんだろう。


 『うん。でも、なんでわかった?』


 すると、カルアは頬をぷくっとして答える。


 「髪の毛の色も変わって、瞳の色も変わってたし。雰囲気でわかるよ。あれ、つばきくんの魔法?」


 『まぁ、そんなとこかな』


 カルアは嬉しそうだ。


 「じゃあ、これからはデートしたりキスしたりもできるね?」


 いやいや。

 そんな長く入ってたら、たぶん死んじゃうの。


 それに、キスって。身体はイヴなんだから、女の子同士になっにちゃうのにいいのか?


 まぁ、それはそれで興味はあるが……。


 イヴに合いそうな服を買って戻る。


 ついでに寄り道をして露店で買い食いをする。

 カルアと2人きりで街を歩くのは、まるでデートのようで。新鮮で楽しかった。


 部屋に入ると、イヴはすっかり綺麗になって見違えるように美しくなっていた。


 品があって、カルアやミミルとは違う種類の綺麗さだ。大男の「お貴族様」という揶揄が適切とすら思ってしまった。



 だがしかし。

 イヴは全裸だった。


 3人+箱は、目を合わせると一斉に言った。


 「あっ……」

 

 

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