第15話 酒場。
教えてもらった酒場に行く。
ギギ……と軋む重い木の扉を開ける。
すると店内は、石造りの大きなホールになっていて、木のテーブルが無数に並んでいた。
向かって左の一面はカウンターのようになっていて、その向こう側に調理場があるようだった。
ざっとみただけで、1000席近くはあると思う。ホールの中は人でごった返していて、そこを店員が忙しそうに行き交う。
俺がいた日本でも大きな店はあった。
だが、なんていうのか。
その熱量たるは、圧巻だった。
俺たちが入り口で所在なさげにしていると、店員の1人に声をかけられた。
「あなたたち、ここは初めて? やかましい店で悪いね。どこでも空いている席に座って」
俺たちは、端っこの方の4人がけのテーブルに座った。座って改めて店内を見渡す。
ランプの明かりに照らされる薄暗い店内。天井に見えるぶっとい梁。そしてこの喧騒。まさしく、俺がイメージする中世の酒場そのものだった。
席につき、さっきのことについてカルアに話す。スリが女性だったこと。奴隷の首輪をしていたこと。
カルアは、うんうんと頷いた。
「この国にはね。奴隷制度が残ってるの。公認というより、黙認なのかな。それでね……」
カルアによると、奴隷になってしまうには色んな事情があるとのことだった。一族に謀反などの犯罪者がいるとか、単に貧乏で奴隷商に身売りされてしまったか、はたまた、両親が奴隷で子も奴隷ということもあるらしい。
いずれにせよ、奴隷の首輪には呪いがかけられていて、能力を封じられ、主人に逆らえなくなるということだった。
さっきのスリもそうだったのだろうか。
あの必死の表情。いまさら考えても仕方ないが、気になる。
すると、恰幅のいい店員がテーブルの横で立ち止まり、笑顔で俺たちのテーブルの上を指差した。
視線で追うと、そこには注意書きがあった。
『注文せずに居座るの禁止』
はい。ごめんなさい。
……どこの世界も飲食店は苦労してるんだな。
注文は左手のカウンターでするらしい。注文すると札を渡されて、スタッフがテーブルまで運んでくれるシステムらしかった。
店員さん怖いし、まずは注文だ。
それに、俺は腹は空かない身体だが、早く異世界酒場を体験したいのだ。
なのでカルアに言った。
『お嬢さん。あっちのカウンターまでデートしませんか?』
カルアは少し驚いた顔をした。
だけれど、すぐに微笑みに変えて、俺を抱きかかえる。
そして、俺の方を覗き込んで囁く。
「甘えん坊のつばきくん。仕方ないから連れて行ってあげる」
こんな臭いこというのは、恥ずかしかったけれど。カルアの気を紛らわせたかった。
カウンターに行くと、頭上の木板にメニューが書いてある。
カルアの目を通しているからか、女神の恩恵なのか分からないが、どうやら、俺は普通にこの世界の文字を読めるらしい。
メニューはどれどれ。
列に並びながら、物色する。
貿易が盛んというだけあり、肉や野菜だけじゃなく、魚介類も豊富に扱っている。思いの外、メニューは豊富だった。
俺はタコのオリーブオイル和えを選ぶ。
カルパッチョのことだろうか。
あとは、カルアが何品か選んでくれた。
カウンターで先にビールだけ渡してくれて、残りはテーブルまで運んでくれるとのことだった。
席に戻って、ビールを飲むことにした。
ミミルとカルアの前には、木樽のようなビールジョッキが置いてある。
俺の様子にも気づいたのか、カルアがシロップ用の小さいカップにビールを入れてくれて、俺の前にも置いてくれた。
なんだかお供物をされている気分だが、心遣いは嬉しい。
さてさて、早く飲もう。
『さて、かんぱ……』
すると、カルアとミミルが胸に手をあてて、目を瞑ると何か言い始める。
「今宵の食事に感謝し、命を捧げ私達に繋いでくれる動物たちに祈りを、植物たちに愛を……」
さすが誇り高き部族。
ちゃんとしている。
そして、3分が経過した。
「偉大なる先達たちに感謝を、私の血は、誇り高き戦士ルカから、私の魂は誇り高き戦士ミルから……」
なんだか、まだまだ続きそうだ。
ごめん、俗物の俺にはこれ以上、我慢できそうにない。
とりあえず、ご両親の供養までは進んだぽいし、早く飲ませてくれ。
なので、2人に言った。
『なぁ、今日は俺の国のやり方でもいいか?』
2人は言葉を止めた。
ちょっとビックリした顔をして、2人は俺を覗き込む。
『俺がいうようにしてくれ。まず、お互いに利き腕でジョッキを持ち上げる』
2人は戸惑いながらも従ってくれる。
『次に笑顔をつくる。そして、今日、この瞬間を一緒に過ごせることに感謝して、ジョッキをぶつけ合って、ただただ一言。こう言うんだ……』
2人はジョッキを掲げる。
そして、3人で一緒に言った。
「カンパイっ!!」
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