第12話 俺にできること。


 俺は女神呼び出しボタンを連打する。


 「なぁ、ティア……」


 ブツッ

 (通話が切れる音)


 こいつ。

 あの日からまともに話してくれない。


 今は本気で困ってるんだよ!!


 だから、俺はまたボタンを連打する。

 すると、本気で面倒くさそうに女神が対応してくれた。


 「チッ。 んでなによ?」


 こいつ、また舌打ちしなかったか?

 しかも、俺がまだなにも話してないのに。

 俺は怒る気持ちを、ぐぐっと胸に押し込み、質問をする。


 「2人が脱水で死んじゃいそうなのだが。どうしたらいい?」


 「それくらい自分で考えなさいよ。……まぁ、砂漠にも食べれる物はあるでしょ? それ使ったら?」


 見渡す限りの砂で、そんなものはないんだが。


 「あぁ、めんどくさっ。ほら。あんた前にテレビで見てたじゃない」


 テレビ?

 全然わからん。


 ティアは続ける。


 「ほら。西からきた瓜だからなんとかって、ブツブツ言ってたじゃない」


 西からウリ。

 西瓜。


 ……スイカか!!


 たしかに、そんなことがあった。

 でも、転生する何ヶ月も前だぞ?

 

 「つか、それ、俺が死ぬ何ヵ月も前だぞ。なんでお前がこんなこと知ってるの? おまえ、俺のこと好きなの?」


 すると、ティアは。

 らしくない、すっとんきょうな声を出した。


 「ちょっと、……わたしは女神なんだから、そんなことあるわけないじゃない」


 分かりやすく動揺している。

 そうか。そういうことなら。


 「この前は変なこと言って悪かったな。やっぱちゃんと避妊はするから……」


 ブツッ。

 (通話が切れる音)


 あいつ。

 また勝手に切りやがった。


 相変わらず、感じの悪い女神だ。


 まぁ、いいや。

 やつの用は済んだ。


 それにしても、スイカか。

 なんで思いつかなかったんだ。


 ……平和ボケか。

 俺の中では、生きるために必要のない、ただの不要な情報としか認識かれていなかった。


 だが。


 集落で使われていたバナナの葉やココナッツの実。この世界の植物は、俺がいた世界に酷似している。


 試す価値はある。


 こういう話なら、猪突猛進のミミルよりカルアか。


 『なぁ。カルア。さっきから、たまに、小さい丸い果実が生えてるだろ? あれ。スイカっていってな。水分が含まれているんだよ」


 カルアはゼーゼー言っていて、とても辛そうだ。

 

 「でも……。集落では、アレはどんなに喉が乾いていても、ぜったいに食べるなって言われていたよ?」


 そう。


 砂漠に自生するスイカには何種類かある。

 その中でも食用になるものは限られているのだ。


 それにしても、テレビの雑学がこんなところで役立つとは。どんな知識がどこで役に立つかなんて、誰にも分からないものだな。



 おれは続ける。


 『あぁ、それは。コロシントウリといって、強い下剤作用を持つ種類なんだ。縞模様がない、つるんとしたやつなら食えるんだよ』


 そう。


 まさしく、カルアの視線の先にあるアレ。

 砂漠の宝石といわれる「カラハリスイカ」だ。


 カルアはスイカを手に取った。


 すると、ミミルがカルアの腕を掴んで制止する。


 「カルアちゃん、それ食べたら絶対ダメってお父様に言われたのだよ。すごく苦くて、死ぬって。集落でも皆そういってたよ」

 

 「ううん、つばきくんが言ってたんだ。これは大丈夫なんだって。わたしは信じるよ」


 カルアはナイフでスイカを切って、口に近づける。

 スイカをもつ指先は震えていた。


 そうだよな。

 この極限の状態で下痢になれば、死に直結する。


 怖いよな。

 でも、信じてくれてありがとう。

 

 カルアはスイカを口に含む。

 そして、ゆっくりと咀嚼した。


 ……ごくり。


 カルアは、もう一口食べる。

 そして、すぐにもう一口。


 「ミミルちゃん。これ苦くない!! 教えてもらったのと違うみたい。中に水が沢山で美味しい。ミミルも食べてみて!」


 2人はスイカを貪った。

 このスイカは、重さのほとんどが水分だと聞いたことがある。


 きっと、2人の身体を潤してくれるだろう。


 

 これは女神のおかげだ。

 俺は箱の中で大声でいった。


 「ティア。ありがとう」


 意外なことに、数秒遅れて返事があった。


 「……いいよ、別にこれくらい」


 えっ。

 あいつ、箱の中の様子をみてたの?

 ほんとに俺のこと好きなのかな。



 それにしても。

 俺にも役に立てることがあって良かったよ。




 太陽が傾き、気温が下がり始める頃。


 俺たちはまた歩き始める。


 すると、太陽と交代するかのように月が昇り始めた。

 

 月の満ち欠けは日本とは違うようだが、昨日はまだ満月に近かった。今日は十六夜月いざよいづきというところか。だからきっと、今夜も月明かりは期待できると思う。

 

 砂漠の夜は冷える。

 刻一刻と気温が下がっていく。


 時々、ヒュオっと強い風が吹く。その度に地形が変わるので、地形を目印にすることができない。だから、月と星を目印に進む。そうカルアが教えてくれた。


 ミミルとカルアは身体を近づけて歩いている。あの麻布のような外套では寒いだろう。


 気温がさらに下がり、冬のような寒さだ。

 月も低くなり、時々、砂丘の頂に隠れるようになった。



 今日はここまでか。

 できれば、ここで夜を越すことは避けたかったのだが。



 すると、ミミルが地面を指差した。

 ずっと先まで続く、人間とラクダのような足跡。


 そのずっと向こうに微かに明かりが見えた。



 ……街だ。

 ジークの街だ。

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