第9話 別れの時。

 2人のことは、もちろん心配だ。

 誓いも、きちんと達成させたい。


 だけれど。

 俺は俺自身のために、2人と一緒に行きたいのだ。


 

 ミミルにもパーティーに入ってもらう。

 そして、伝えた。


 『誰かのためじゃない。俺自身が一緒に行きたいんだ』


 すると、ミミルが口にした。


 「そう言ったって、私たちのだめじゃん。気持ちが繋がってるんだから、分かるよ」


 ミミルは俺(箱)をナデナデしてくれて言った。


 「……ありがとう。私たちをよろしくお願いします」


 なんだか、嫁入りのセリフみたいだな。

 

 あっ、この世界って。


 『なぁ。ミミル。この世界って、一夫一妻制なのか?』


 ミミルが答える。


 「この世界って……、まるで他の世界から来たみたい。ツバキさん。変なの。うん。お嫁さん1人とは決まってないよ。王様なんて奥さん沢山いるし」


 おおっ。アリなのか。

 俄然、やる気がでてきた。


 2人と結婚したら……。

 想像しただけでもたまらん。


 あくまで箱から出れたら、の話だがな。


 

 俺たちは集落に戻った。


 集落は高台にあり、遊牧民の丸型テントのような小屋が沢山集まっている。金属は用いず、木組みのように木や蔓などの天然素材だけで作られているようだった。

 

 試練に赴く戦士は、夕宴に参加し、皆に見送られるのが習わしらしい。


 ミミルとカルアは身を清め、旅装束に着替えた。


 ミミルは膝上、カルアは膝下までの外套を羽織っている。どちらも麻布あさぬののような質感で、風通しが良く丈夫そうだ。


 若草色がかったベージュの装束は、2人の小麦色の肌によく似合っていた。



 宴は、集落の皆が集まってくれて、ワイワイと行われた。2人に聞いたところ、この集落には150人程が住んでいるらしい。


 みんな、カルアとミミルを鼓舞し、肩を叩いては自分の席に戻っていく。2人はお辞儀をして、丁寧にひとりひとりに応えていた。


 その中の1人の女性が俺に声をかけてくれた。


 「あなたが例のツバキさんね。2人をお願いね」


 カルアの声が聞こえる。


 『この女性はララさん。両親がいない私達を色々と助けてくれたお姉さんみたいな存在なんだ』


 そうかそうか。

 うちの娘たちがお世話になりました。俺は人知れず頭を下げた。


 

 料理は、バナナの葉や椰子の実の殻などに盛り付けられいる。行ったことはないが、ベトナムやマレーシアの料理のイメージに近かった。


 料理が出揃うと、族長が皆を集めて、今日の食卓にあがった動物等や植物に感謝の祈りをささげる。


 すると、さっきまで騒いでいた住人たちは、ピタッと静かになり黙祷をする。


 それは神秘的な光景だった。




 宴が再開された。


 燻されたバナナの匂いが立ちこめ、食欲がそそられる。俺は食事は不要な身体だが、女神が味覚も解放するって言ってたっけ。


 上を向いて口を『あーん』としてみる。すると、箱の上部に穴が開くらしい。ミミルとカルアで、そこから色々なものを食べさせてくれた。


 俺は箱の中だが、それなりの雰囲気を満喫できた。


 2人は、族長に俺(箱)を紹介してくれる。命を持った魔道具の箱という設定らしい。すると、長は俺に語りかける。


 「わしが行ければ良いのだが。すまんな。2人を頼んだぞ」


 そういうと長は、箱の俺なんかに深々と頭を下げてくれる。おれも思わず、箱の中で頭を下げた。


 そして、試練について教えてくれた。


 試練でいく北の大陸には、魂が集まる場所があるらしい。そこでは、亡くなった人と話せるということだった。2人はそこで一族を護る英雄の御魂に挨拶をし、力を授けてもらうとのことだった。


 北の大陸は遠く、試練には数ヶ月かかるだろうということだ。


 それにしても魂は色んな世界から集まるのだろうか。だとしたら、そこにいけば、俺も弟と話せるのだろうか。


 もちろん、2人の試練が優先だ。

 だが、もし、話せる機会が与えられるのなら、ツバサにきちんと別れを伝えたい。


 宴はしばらく続き、月が山際から顔を出す頃。

 皆に見送られて集落の入口の吊り橋の前に立つ。


 すると、族長が双剣と杖を差し出した。


 「これは、部族に伝わる武器だ。お前たちの旅にほこりあらんことを」


 双剣は、中ほどの長さの半月刀、杖はカルアの背丈ほどの長さの錫杖だ。どちらにも、2人の瞳の色を思わせる青い宝玉が埋め込まれている。


 木や銅ではなく、俺がいた世界では見たことのない、青銀色の金属でできている。木や蔓の暮らしをしているこの集落では、きっと、かなりの価値がある逸品なのだろう。



 ミミルとカルアはそれを受け取り、胸に抱きしめた。



 俺たちは、深い谷にかかった吊り橋を渡る。

 その谷を境に、緑あふれる山野は、砂と岩の地面に変わっていく。


 橋を渡りきり、集落を振り返る。

 遠く離れてしまって、皆の顔は見えないが、大きく手を振って見送ってくれているのが分かった。


 カルアは名残惜しそうに、何度も振り返る。

 いくらしっかりしていても、16かそこらの少女なのだ。無理はない。


 この2人をしっかり守ること。

 それが今の俺の役割だ。




 そんなことを考えていると、カルアが場違いな声を出した。その声は上擦って震えている。


 「あ、あれ……」


 俺もカルアと同じ視界を共有している。


 集落の遥か向こう側。

 山際から切り離されたまん丸の大きな満月の中に、黒い鳥のような影が影絵のように動いている。


 ミミルは力無い拳を口元に添えて、声を震わせた。


 「なんであんなものが……」


 おれはそのシルエットに見覚えがあった。

 元の世界で、災をもたらす想像上の生き物としてよく描かれる……。



 黒く屈強な鱗に、蝙蝠のようなつばさ。



 ……ドラゴンだ。

 

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