第8話 転換点


 ミミルが俺(箱なのだが)をじっと見る。

 ……もしかして、嫉妬か?


 さっそく、モテ期きたかな?


 すまん。ミミル。

 俺はさっきカルアと子作りの約束をしたばかりなんだ。


 みさおをたてさせてくれ。


 ミミルは、ため息をついて視線を逸らすと、俺を優しく撫でた。


 「……つばきさん。私たちきっと死んじゃうんだ。これは、私たちの試練。だから、連れていけない」



 たしかに、そうだ。

 そうなんだけれど……。

 

 俺はカルアを助けたいと思った。


 俺は魔王討伐には興味はない。

 できれば、箱の中でグータラしていたい。


 では、なぜ?

 なぜ。おれはカルアを助けたいのだ。


 ツバサの真似事をしたいのか?

 ずっと、あの時、俺が死ねばよかったと思った過ごしてきた。


 あいつは本物だったが、俺は擬物まがいものだ。


 あれが最後の会話なら、もっと他に言ってやりたいことがあった。去り際のツバサの寂しそうな顔。


 俺はツバサの真似事をして、罪悪感から目をそらしたかっただけなのではないか?


 おれは、ミミルに何も言い返せなかった。

 結局、この世界に来ても、俺はどこを向いていいのか分からない迷子のままだ。



 すると、カルアも俺に手を添えてくる。

 カルアから、俺を心配する気持ちが流れ込んでくる。


 ……逆に心配かけてごめんよ。


 カルアが言った。


 「ミミルちゃん。試練の前に、お墓に行こう。それくらいは、つばきくんも一緒でもいいでしょう?」

 



 2人と一緒にお墓に行く。

 お墓は集落の裏にあり、峡谷を繋ぐ、簡素な吊り橋を渡っていく。


 グラグラしていて不安定な吊り橋。

 落ちたら、ただじゃ済まないと思う。


 まるで、おれの不安定なこころのようだなと思った。

 


 お墓は小高い丘にあった。

 こんもりと盛った土に、柱が2本さしてあるだけの簡素なつくりだ。


 果物をお供えする。


 そして、2人はお墓の前に片膝をつくと、右手を胸に当てる。そして、正面を見つめ、声を揃えて話し始めた。


 昨日、枕に顔を埋めて泣いていたとは思えない、凛とした声だった。

 

 「お母様、お父様。わたしたちは、誇り高き部族の戦士、ミルとルカの娘。かならずや……」


 ミルとルカとはご両親の名前だろうか。


 カルアだけ続ける。


 「わたしは、ミミルの盾となり」


 続いてミミルだけ話す。


 「わたしは、カルアの剣となり」


 2人は声をそろえる。


 「どんな強敵にも、怯まず、媚びず、全霊をもって勇敢に戦うことを誓います。そして、必ずや、この誓いを果たし、ここに戻って参りましょう」

 

 2人は立ち上がった。

 すると、墓の向こうの谷から、颯颯さっさつと風が吹き抜ける。まるで、2人を送り出しているようだ。

 

 きっと、2人とも、凛々しい戦士の顔をしているのだろう。



 ……おれは。

 両親に何かを誓ったことがあっただろうか。


 父さん、母さん。

 今頃はどうしてるのだろうか。


 息子2人を失って、きっと悲しんでいることだろう。


 俺は何かを残せたのだろうか。

 必死で頑張ったつもりだったが、俺はあの世界で本当に『生きて』いたのだろうか。


 この2人の気高い『せい』をまざまざと見せつけられて、そう思わずにはいられない。


 きっと、俺は『生きる』ということをやり直したいのだ。


 生への感謝と誇りに溢れるこの世界で。





—————————————


 物語はひとつめの転換点にさしかかります。


 さらっと短編のつもりが、気づけばまだしばらく続きそうです。


 面白い、続きが気になると思っていただけましたら、ぜひ、★★★、レビュー、フォロー、コメント等お願いします。




 

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