六九.婚約の祝い

 時計の針は午後一時を回った。落ち着かないかつらは「まつり」の外に出て道路を見つめていた。店ののぼりには戸祭とまつり征一せいいちが半紙に書いた「本日貸切」の文字が挟んである。

 十分後、ようやく隅田川すみだがわの方向から戸祭とまつり啓輔けいすけ山本やまもと夫妻が歩いてきた。かつらを認めると戸祭が大きく手を振る。

「戸祭さんたちが来ましたよ」

 かつらは「まつり」の店内に呼ばわった。

「よし、お餅を入れるぞ」

 康史郞こうしろうは待ちかねたと言わんばかりに鍋に切った餅を入れようとしたが、リュウが止める。

「ヒロさんに持ってく分は残しといて」

「分かってるよ。一人二個でいいかな」

 康史郞は餅を数えると鍋に入れ、残りは新聞紙の上に置く。その間に三人が店に到着した。戸祭がたかしに呼びかける。

「全部うまくいったぞ。刑事さんがヤクザたちを警察署に連れてった」

「それは良かった」

 隆は安堵したが、心配そうにかつらが尋ねる。

「家は荒らされたりしてませんか」

「南京錠は壊されたが、予備の錠をつけといた」

 戸祭は南京錠の鍵をカウンターの上に置いた。カイが胸を張って言う。

「それ、うちの商品だけど今日のお雑煮代にしてよ」

「アニキ、威張って言うことじゃないよ」

 リュウがぼやいた。


「戸祭さんがお店と食器、京極きょうごくさんがお餅、横澤よこざわさんが野菜、高橋たかはし君が南京錠。そしてうちからはこれです。おせち料理には数が足りませんけど」

 山本槙代まきよは風呂敷包みから弁当箱を取りだした。中には大根とニンジンのなますと黒豆の煮物が入っている。

「それと新田にった刑事からのことづてで、『私の代わりに飲んでくれ』だそうです」

 隼二しゅんじはコートのポケットからウイスキーの小瓶を取りだした。

「さすが進駐軍とつながりがある人はいいの飲んでるな」

 感心する戸祭に隆が答えた。

「その分働いて下さってますからね」

「早く食べないとお餅が溶けちゃうよ」

 康史郞が悲鳴を上げたので、皆は我に返った。かつらがお椀とお玉を持つ。

「皆さん、お雑煮配りますよ」

 お雑煮を入れたお椀と、水を入れたコップが皆に配られた。戸祭が隆に呼びかける。

「京極さん、挨拶を一つ頼む」

 隆はコップを持つと立ち上がった。

「皆様の協力で、新年会を無事開くことが出来ました。本当にありがとうございます。それと、このたび私、京極隆は横澤かつらさんと婚約いたしました。康史郞君が中学を卒業する来年までに、家族で暮らせる新居を見つける予定です」

「皆さんには本当にお世話になりました。康史郞を一人前にすることと、ようやく出会えた新しい家族になる人を守ることが、これからのわたしの仕事です。皆さまにはご迷惑をおかけすると思いますが、どうぞよろしくお願いします」

 隆の隣に立つかつらが頭を下げる。皆は拍手した。


 「まつり」では歓談が続いていた。男性陣はウイスキーを水割りにしたので酔いが回り始めている。

「たばこでもどうですか。今日は奮発して『ピース』ですよ」

 隼二が隆に勧める。

「今日は特別だからいただきます」

 かつらはあわてて灰皿を出した。隆は灰皿を手元に引き寄せると礼を言う。

「ありがとう」

「もう息がぴったりだね」

 戸祭マツが二人を見てうなずいた。征一がお雑煮の入ったお椀を差し出す。

「ばあちゃん、お餅小さくしといたから咽に詰まらせないでね」

「ありがとう。お雑煮なんていつ以来だろうね」

 マツはゆっくりとお椀をすすった。


「ところで、今回の逮捕作戦は京極さんが考えられたんですか」

 槙代がかつらに尋ねる。

「俺も聞きたかったんだ」

 康史郞にも迫られたので、かつらは説明を始めた。

八馬やまさんが釈放されたと聞いて、新田刑事に京極さんが相談したところ、『もし動きがあったら連絡してくれ』と言われたので、わたしたちの婚約祝いを兼ねて『まつり』で新年会をするという情報を廣本ひろもとさん経由で流してもらったんです。そしたらわたしたちが留守の間に八馬さんたちが家を壊しに来ると廣本さんがカイ君に伝えてくれて。それで山本さんの家で刑事さんたちが待ち伏せする作戦を取ったんです」

「『金ちゃん』『隼ちゃん』って子どもの頃に帰ったみたいで楽しそうでしたよ」

 槙代は微笑む。

「しっかし、今朝いきなり戸祭のおじさんが来たときにはびっくりしたよ。しかも下駄持って上がってきて。姉さんは顔色一つ変えずに奥に案内するし」

 康史郞の言うのももっともだ。かつらは戸祭を見ながら説明した。

「康ちゃんに黙ってたのは、万が一八馬さんが探りに来ないか警戒してたからよ。戸祭さんにはずっとわたしの布団の中に隠れてもらってたの。目隠しの布もあるから、じっとしてれば気づかないと思ってね」

「それでずっと待っているのは退屈だろうと思ったんで、父ちゃんに僕の借りてた漫画を貸したんだ」

 征一は漫画を見ているカイとリュウを見ながら説明した。

「まあ、読んでみれば結構面白い。わしも子どもの頃は講談本を読んでお袋に叱られたもんだよ」

 戸祭の感想を聞いたマツは嘆息する。

「そんなところまで父ちゃんに似なくてもいいのに」

「ま、ほどほどにな」

 戸祭は征一に呼びかけると立ち上がった。

「この場を借りて、みんなに伝えたいことがあるんだ」

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