第十章 新しい日々へ
六八.新年会の前に
昭和二十三年一月三日。
正月らしく空気は寒いが、穏やかな太陽が
「康ちゃん、そろそろ出かけるわよ。支度できてる?」
「うん。荷物は俺が持つよ」
セーターの上に学生服を羽織った
「
ブラウスにスカート、カーディガン姿のかつらは、
「念のため持っていこうかしら」
写真を肩掛けカバンに入れ、康史郞が外に出たのを確認すると、かつらは室内に呼びかけてから南京錠を閉めた。
「行ってくるわね」
「まつり」の前ではリュウとカイが待っていた。リュウは先日かつらが作ったスカートをはいている。
「明けましておめでとうございます」
丁寧にお辞儀するリュウにかつらもお辞儀で返す。
「おめでとうございます」
「ヒロさんは来てないの?」
康史郞の問いにカイが答える。
「元日に家に帰ってきたけど、『ヤマさんが来るかもしれないから』って残ってるんだ」
「ヤマさんのこともだけど、やっぱりみんなと会うのは迷惑がかかるから避けたいんだって」
リュウは小声で説明した。
「そうだったの。後でお土産用意しなくちゃね」
かつらは肩掛けカバンから南京錠の鍵を取りだした。
「
厨房を使い、お店の鍋を使ってかつらがだしを取り始めた。野菜を切るのは康史郞とリュウの担当だ。カイはカウンターや食器を拭いている。
「ところで、戸祭さんたちはいつ来るの?」
ニンジンの皮をむきながら康史郞が尋ねる。
「
かつらは目を上げた。
「まだ分からないわ。午後一時までは様子を見ることになってるの」
時計が十二時を回った頃、店の裏手から隆が入ってきた。肩にリュックサックを引っかけている。
「お餅買ってきました」
「お疲れさま」
ねぎらうかつらに隆はリュックサックを下ろしながら答える。
「戦友が今北千住の和菓子屋に勤めててね。お餅を取り置いてもらったんだ。久し振りに会ってつい話が弾んでしまったよ。かつらさんたちは予定通り進んでるかい」
「お雑煮はばっちりよ。後は戸祭さんたちがうまくいけばいいんですけど」
「こればかりはヤマさんたちの出方次第だからな。とりあえずお餅を切り分けよう」
隆はのし餅を取りだした。
同時刻、横澤家の近くにトラックが横付けされた。
「ヒロの話じゃ、今頃坊主たちは
八馬はバラックのガラス窓に近づき、中をのぞき込む。磨りガラスなので分かりにくいが、人の気配はないようだ。八馬はバラックの入口に戻ると南京錠の留め金を日下が渡したトンカチで叩き壊し、中に踏み込む。その時、奥の目隠し用の布が翻った。
「てめぇら、何してる!」
かつらの布団を肩に引っかけたままの戸祭が仁王立ちしている。
「この家はわしが店を建てるために買ったんだ。グズグズしてると警察呼ぶぞ」
予想外の出迎えに一瞬たじろいだ八馬だが、すぐにトンカチを握り直す。
「うるせえ、おやじ一人で俺たちにかなうもんか」
そこに別の声が割り込んだ。
「警察だ! そこを動くな」
同時に日下たちの周りを数人の男が取り囲む。指揮を執るのは
「やれやれ。折角幼なじみと新年の酒を飲もうと思ったのに、一仕事してからだな」
新田の部下が八馬と日下たちを拘束し、トラックで警察署へ連れて行く。新田は戸祭と隣家の
「ご協力感謝します」
「いえ、こちらこそ。また今度ゆっくり酒でも飲みましょう」
笑顔で答える山本
「あなた、そろそろ一時よ。急がないと」
「お、そうだな。とりあえずこれをつけとこう」
戸祭はカイからもらった予備の南京錠を取りだした。
「さ、お雑煮が待ってるぞ」
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