六七.新しいスカート

 十二月も後半になり、街はクリスマスや新年の準備で慌ただしくなっている。京極きょうごくたかしは久し振りに戦友の浜高はまたか勝人まさとにハガキを出した。


『浜高勝人君へ

 しばらく時間が空いてしまったが、元気でいるだろうか。

 前回の手紙で書いた横澤よこざわかつらさんと、先日結婚の約束をした。弟さんが再来年中学校を卒業するので、それまでに家族で住める新居を探す段取りだ。この住宅難の東京では大変な話だが、まだ時間はあるので頑張りたい。

 その件で是非とも頼みがある。婚約の祝いを兼ねた新年会を一月三日に開く予定なのだが、お雑煮用の餅を調達できないだろうか。もし用意できるのなら、三日の朝に君の働く和菓子店へ引き取りに行くつもりだ。よろしく頼む。

昭和二十二年十二月二十日 京極隆』


 十二月二十一日の日曜日、かつらは隆とカイ、リュウを横澤家に呼んだ。クリスマスには少し早いが、頼まれていたリュウのスカートが出来たので試着を兼ねて皆で夕食をとろうと考えたのだ。

「いらっしゃい」

 カーディガンにブラウス、スカート姿のかつらとセーターに羊太郎ようたろうのズボン姿の康史郞こうしろうが、バラックのドアを開けて三人を出迎える。

「少しだけど闇市で焼き栗を買ってきたんだ」

 国民服の上にコートを羽織った隆は新聞紙の包みを取り出した。

「ありがとう」

 康史郞が横から包みを受け取るのをかつらがたしなめる。

「康ちゃん、はしたないわ」

「まあまあ、みんなで食べる分くらいはあるから大丈夫さ」

 隆はそう言いながら靴を脱いで室内に上がった。カイとリュウも後に続く。


「直した学生服の具合はどうかしら。手持ちの布を使ったから継ぎ当てが目立ってしまってごめんなさいね」

「問題ないさ。着替えが出来たから軍服の方も洗って干しとけるし」

 カイはかつらの問いに満足そうに答えた。リュウが今までずっと着ていた自分の学生服を着ている。

「このはんてんもとても暖かいよ。どうもありがとう」

 はんてんを着たリュウも礼を述べた。

「早速だけどスカートの具合を確認しましょうか。気になるところがあったら手直しするわ」

 かつらはリュウを連れて目隠し代わりの布の後ろに入った。カイが康史郞を小突く。

「どうだ、リュウも結構かわいいだろ」

「何だよ、急にアニキ面して」

「俺はリュウの親代わりだからな。あいつお前のこと気に入ってるみたいだぞ」

「そう言われても俺はまだ中二だし、つきあうとかまだ早いよ。リュウのことは嫌いじゃないけどさ」

 康史郞が戸惑いながら言い返したその時、着替えたリュウが布の向こうから出てきた。ミシン台にかかっていたえんじ色の布を仕立てたスカートをはいている。

「お店で売ってるやつみたいだよ。さすがかつらさんだ」

 感心する隆にかつらが説明する。

「布を無駄なく使いたかったから、前にタックを入れたスカートにしたの。ウエストには少しゴムを入れたから、大人になっても着られるわよ」

 リュウは笑顔でスカートの裾をつまむとかつらを見つめた。康史郞は面映ゆいのか斜めに顔を向ける。

「ありがとう。大切にするよ」

「どういたしまして。もっと色々作りたいけど、今は布やミシン糸が自由に手に入らないから難しいわね。とりあえず今は、こないだ湯のしした毛糸で山本やまもとさんに編み物を教わってるの」

「マフラーを作るってさ。俺も楽しみだよ」

 康史郞はそう言いながらちゃぶ台の上に焼き栗を置いた。

「もし毛糸が手に入ったら、僕もマフラー作りたいな」

「いいわね。一緒にやりましょう」

 かつらはリュウの肩に手を置きながら呼びかけた。


 スカートのお披露目が終わったところで、皆は夕食を食べ始めた。おにぎりに大根とかぼちゃの煮付け、隆の持ってきた焼き栗だ。

「やはり冬至にはかぼちゃだね」

 隆がかぼちゃを取りながら言う。

「僕もこんなおいしいご飯が作れるようになりたいな」

 リュウはおにぎりを一口食べるととため息をつくように言った。

「それならまず米つきをしっかりしないとな」

 康史郎がもったいぶったように言うので、皆は笑い声を上げた。

「実は、『まつり』もなくなるし、今度ミシンを使ったお直しの仕事を始めようと思っているの。とりあえず家の外に案内を出して、浅草橋あさくさばし倉上くらかみさんのお店にも貼ってもらおうかなって。その代わりお直しに使う布や糸は、倉上さんの紹介してくれた浅草橋の問屋から買わせていただくわ」

 かつらの言葉に反応したのはカイだった。

「こないだの倉上さんの話をヒロさんにしたら、『外で働くんなら俺の服を着てけ』って言ってくれたんだ。だから昨日店に挨拶に行ってきた。年明けから手伝いに入って、代わりに雑貨店で売る物を分けてもらうんだ」

「先週の『墨田すみだホープ』での話、かつらさんから聞いたよ。色々大変だったみたいだけど、丸く収まって良かった。ところで、廣本ひろもとさんにこの間の話はしてくれたかな」

 隆がカイに尋ねた。

「ああ。京極さんたちには迷惑掛けたし、俺たちが世話になったから協力するってさ」

「ありがとう。一月三日は君たちもお店を休んで『まつり』に来てくれ。お雑煮を用意しようと思ってるんだ」

「お雑煮か」

 リュウはうっとりとしている。

「山本さんたちも来て下さるそうよ。もちろん戸祭とまつりさん一家も」

「すごいな。本当にみんなで新年会をやるんだ」

 康史郞が目を輝かせる。

「廣本さんから八馬やまにこの情報を流してもらうんだ。うまくいけばこの土地を諦めてくれる。もちろん何事もなければそれが一番だけどね」

 隆はかつらを見た。

「その件で、この間戸祭さんと話をしたの。お芝居ではなく本当のことにしませんかって」

「本当のこと?」

 隆が尋ねる。

「ええ。闇市はもうすぐなくなるって話だし、新しいお店が出来たら将来征一せいいち君も働けるわ。なにより、わたしにとっては隆さんと一緒に暮らす場所がこれからの家だから」

 かつらの言葉に隆は感激したようだ。思わずかつらの手を取る。

「本当かい、嬉しいよ。でも、康史郞君はそれでいいのかい」

「俺、中学出たら独立して働こうと決めてるから。給料が出たら隆さんの部屋を借りてもいいし。どうしても行く当てがなかったらヒロさんに雇ってもらおうかな」

「俺たちの取り分が少なくなるからやめてくれよ」

 カイのぼやきに一同は笑った。


 食事も終わり、隆たちを見送ったかつらは、家族写真の前に正座した。康史郞は台所で食器を洗っている。

(お父さん、お母さん、兄さん、ゆうちゃん、いつも見守ってくれてありがとうございます。今生きているみんなが幸せになるために、どうかこの土地を使わせてください)

 かつらは無言で手を合わせた。

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