第35話
「こ、これで……いいでしょ」
それから数十分後。
別室でコスプレメイド服に着替えたあたしは、瑠佳の部屋に戻った。二人の前で、初のお披露目となる。
これでも精一杯の抵抗をした。いろんな譲歩案とかも出した。事ここに至るまで、かなりの時間粘った。
こういうの着たことないとかっていうと、じゃあ着替えさせてあげるとか始まるし。
こういうの未優が着たほうが似合うよとかいうと「ふざけんな」とかってマジギレされるし。
結局二対一の圧には勝てなかった。負けておいてまさかやっぱりなしとかないよね? とふたりとも目が怖かった。
なのでここはもうおとなしく、スマートに手短に、さっさと事を済ませることにした。
「も、もうこれで、いいよね?」
ふたたび念を押す。
さっきからふたりともリアクションがない。
座ったままぽかんと口を開けて、ドア前に立つあたしをほうけたように見つめている。
あたしはうつむいて目をそらす。
「じ、じゃあ、終わりってことで……」
あたしはちゃんと二人に着替えた姿を見せた。
これでもう罰ゲームは終わりのはずだ。
身を翻して部屋を出ていこうとする。
するとだるまさんがころんだのごとく背後から音もなく気配が寄ってきて、両腕を掴まれた。
「はいこっちきて~」
「逃さないよ~」
両サイドから二人に取りつかれ、部屋の真ん中まで連行される。ふたりは「そのままそのまま」とあたしを立ちっぱなしにさせると、おのおのスマホを取り出した。あたしに向かってカメラを向けてくる。
「ほらみさき、こっち見て! 笑って!」
瑠佳の声のトーンがひと回りもふた回りも高い。テンション上がりすぎ。
「いいよいいよ最高だよみさきちゃん、似合ってるよ~?」
おじさん口調であたしの顔にスマホのカメラを近づけてくる。
あたしはとっさに手で顔を覆って隠した。
「い、いやいやちょっと待って! それ写真撮る気? ないからそんなオプションサービスは!」
「え、そんな約束してないよね? 撮らないでどうすんの」
さもあたしがおかしいかのように逆ギレされた。
「てか、なにが嫌なの? みさき超かわいいよ? 最高だよ? 最強に似合ってるよ? せっかく着替えたのに写真に収めないともったいないよ? 損だよ? 人類にとって」
目を見開いてまくしたててくる。怖い。
瑠佳は似合っていると言うが、いろんな意味であってない。
まずこの服、サイズがあってない。丈が短い。袖が短い。胸がきつい。というか全体的に小さい。スカート部分も膝上丈の短いタイプだ。
そしてカチューシャはなぜか猫耳。ソックスなどの穿きものがなかったので生足。
メイドと言ってもいわゆるお上品タイプではなく、セクシーなお姉さんが着たらSNSでいいね集めそうなタイプのやつである。
「ほら、みさきは猫耳メイドだよ、こっち見てにゃんにゃんっして。……あ! その恥ずかしがってる感じもいい! そのままこっち見て! 睨みつけて!」
立て続けに注文をされるが、あたしはただうつむいて胸元で自分の腕を抱く。
一人だけこんな格好させられ言葉責めまで受けるとは、まさに「くっ、殺せ!」の気分だ。
瑠佳がきゃあきゃあとやかましい一方で、未優はというと。
スマホを両手に構え、あたしの周りを静かにぐるぐる回っている。
どうやら写真ではなく動画を回しているようだ。問答無用で。口より先にひたすら体を動かしている。より本気さが伝わってくる。
未優はあたしの全身を舐め回すようにカメラを回すと、突然尻もちをついて床に転がり始めた。
逆さまになってスマホを向け、カメラのアングルを変えてくる。すっかり職人の顔だ。ストイックさすら感じる。ていうかずっと無言なのやめて怖いから。
「じゃあ次、スカートたくし上げね」
撮った写真を吟味しながら瑠佳がさらっという。
あたしは吹き出す。
「は、はぁ? なんであたしが!」
「え? さっき自分で言ってたじゃん」
「いやいや、それは瑠佳が負けた時の話でしょ!」
「は? お互いそれを賭けるってことでしょ? おかしいじゃん、なんで私が負けたときだけたくし上げになるの?」
話に齟齬が生じている。
行き違いとはいえ、瑠佳のほうが話の筋は通っている。通ってしまっている。
「たくし上げ! たくし上げ!」
あたしに向かって手拍子コールが始まってしまった。いつのまにか未優も加わっている。少年のように目をキラキラさせている。
最初は制服のスカートをはくのすら抵抗あったけど、慣れた。
最近はほとんど気にならない。制服はみんな同じの着てるし。私服にごちゃごちゃ文句つけられるよりずっといい。
けど今変な格好してるのはあたしだけ。
制服のときにうっかり足組んでパンツ見えちゃった、はまあいい。
けど今はがっつり見られてる。ふたりともあたしの前に膝をついて、オタクがアイドルを見るような眼差しで見上げてくる。
この状況で、自分からスカートをたくし上げる?
軽く言うけど、二次元的なノリに毒され過ぎでは?
だいたいどこまで? 下着が見えるまで? 下着見せるの? 自分から? 自分の手で? 二人の目の前で?
「いや無理! 無理だって!」
想像しただけで顔が火を吹きそうになる。
誰だよスカートたくし上げとかいい出したの頭おかしいでしょ。
無理やり見られる、ならまだしも、自分から見せつける、というのはハードル高い。比較にならないレベルで。
「いやいや、無理って、それはないでしょ~。撮ったりはしないからさ」
「じ、じゃあいいよ、もう勝手にスカートまくったら!」
「えー? ダメだよそんなの。自分から見せるからいいんじゃん」
瑠佳のやつわかってやがる。もしかして経験者か。
追いつめられて泳ぎまくったあたしの目は、静かにたたずむ未優の顔で留まった。
あたしが脳内で助けてテレパシーを出すと、未優はにっこり笑った。
「みさき、大丈夫だよ」
それはやらなくていいよ、って言ってくれてるのか。
みゆたん優しい……。
「早くしろとか、無理にやれとか、言わないから。みさきがその気になるまで、ゆっくり待つから。瑠佳ちゃん、今のうちにわたし、ちょっとお手洗い借りるね?」
未優はそう言って部屋を出ていった。
ああなんて優しい……と思ったけど、よくよく考えると言ってること鬼畜では?
やるまで逃さないよって言ってるようなもんだし。長期戦を見すえて休憩挟んでるし。
あたしは真顔になった。その場にへたり込む。
「はぁ……どうしてこんなことに……」
ヘコみムーブを見せて、同情を誘って許してもらう路線で行くことにした。
わざとらしく瑠佳に向かって落ち込んだ背中を見せる。
まあ実際のとこ、二人も悪ノリしているだけだと思うよ。ただのおふざけ。
……まさかガチじゃないよね? まさかね。
二人きりになってから、瑠佳はずっと無言だった。
まったくリアクションがないので、ちらっと横目で様子をうかがおうとする。
そのときとつぜん背後から伸びてきた腕が、あたしの首周りに抱きついてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます