第34話

「ねえ、みさきはさ、かわいい服とか着ないの? 私服どんなのか楽しみだったんだけど」


 今も私服なんですが。

 あたしの服はかわいくないってかそうか。まあねずみ色パーカーに黒のショーパンですからね。


「そう、それね」


 いきなり未優が同調する。

 

「わたしが言ってもダメなの。みさきファッションとかそういうの全然興味ないから」


 あたしの服装に関して、日頃から文句があるらしい。これまでもさんざん言われてきたことだ。

 けどあたしはそういうファッションセンスみたいなの壊滅的にない。ないというか、めんどくさい?


 仮にかわいい格好してお出かけして、君かわいいねえって言われたとして、で? っていう。

 なら家でマンガ読んでゲームやるわって感じ。

  

「そうだ、いいのあるよ!」


 瑠佳が思い出したように手をうつ。

 立ち上がると、慌ただしく部屋を出ていった。ものの数分もせず、足音荒く戻ってくる。

 

「じゃじゃーん!」


 瑠佳が手にしていたのは、黒と白を基調にしたメイド服一式。といってもちょっと生地がペラそうなやつ。いわゆるこすちゅーむ・ぷれいって感じのやつ。

 

「なんですかそれは」

「これ、お姉ちゃんのなんだけどさ。なんかマンガの資料に使うからって。私も前に着させられたりしたんだよね」

「それは資料ではないのでは?」


 妹を着せ替えしているヤバい人なのでは?

 あたしが冷静に相づちをいれていると、瑠佳はハンガーごと洋服を手渡してくる。


「はい、みさき」

「ん?」

「着て」

「は?」

 

 流れで受け取ってしまったが、は? としか言いようがない。

 隣で未優が「わー見たーい」とぱちぱち拍手をするが、ん? としか言いようがない。

 

「いやいやいや、なんでいきなりあたしが特大罰ゲームくらわないとならんの」

「じゃあ罰ゲームにしようか」

「はい?」

「ゲームでみさきが負けたら罰ゲームで着る、と」

「はあああ~~?」


 また部屋を出ていった瑠佳が、ゲーム機一式を持って戻ってきた。テレビにつないで勝手に準備を始める。


「これで勝負しよっか。みさき得意って言ってたよね」


 なんのゲームかと思ったらス◯ブラらしい。

 あたしは仮にも元男を自称する身。格ゲーのたぐいは得意分野である。

 ネット対戦でもブイブイ言わせている。そこらへんのエンジョイ勢や女子供にはまず負けない。

 

「それさ、あたしが勝ったら? 瑠佳がメイド服着てくれんの?」

「え? いいよ、全然」


 余裕そうだ。これでは罰ゲームにならない。

 

「じゃあそれ着てスカートたくし上げは?」

「いいよ」


 え? いいんですか? 冗談で言ったのにまた夢ひとつ叶っちゃう?

 未優が「変態」と言わんばかりの目を向けてきたが、かなりおいしい勝負だ。

 この場に男が混じってたら「そんなの無理」ってなるとこなんだろうけど。女でよかった。


「前にお姉ちゃんボコッたから自信あるんだよね~」


 コントローラを手にした瑠佳は、いちもくさんに美少女キャラを選んだ。

 女の子だから女の子を使うみたいな、なにも考えてなさそうなチョイス。あたしは瑠佳のキャラに明確に有利のつくゴリマッチョキャラを選んだ。

 

 キャラ同士が対面すると絵面が汚い。しかしスーパー美少女は勝利のためなら女子力を捨てる。手段を選ばない。


 あたしはゲーム開始十秒ぐらいで勝ちを確信した。

 瑠佳とあたしには、手を抜いてあげないと空気読めない感じになるぐらいの力量差があった。

  

「あーくっそ! 今のマジ? うわー!」

「はいはい足元お留守ですよ」

「さっきからその投げうざい、キモイ!」


 執拗に強技をこすっていく。

 美少女騎士をゴリマッチョが一方的に蹂躙するというエロ同人顔負けの展開になっている。


「ちょっとぉ、みさき空気読んで空気!」


 かなわないと見るや、空気を読ませようとしてくる。

 けれどこんな元男のメイドコスプレより瑠佳のスカートたくし上げのほうがどう考えても需要ある。あたしはちゃんと空気を読む。


「はいはいもう後がないよ~」


 容赦なく瑠佳のキャラをいたぶり、残りの残機は一体。

 対するあたしはまだ一体も落とされていない。三体まるまる残っている。

 

 さすがにちょっと遊んでやるか、とわざと落とされてやる。

 舐めプモードに入って遊んでいると、座布団に座るあたしの背後に、未優がにじりよってきた。耳元に顔を近づけてくる。


「……ねえ? まーけーて?」


 そんな吐息混じりのかわいらしい声でなにを言うのかと思えば。

 横目をちらりと向けると、未優はにたっと笑った。直後、あたしの両脇を未優の手がくすぐり始めた。


「ちょ、ちょっと未優っ……、ひゃっ」


 服の裾から指が中に入ってくる。

 直接肌に触れた指先は、あたしの脇腹をさわさわと撫でだした。


「こしょこしょこしょ……」


 さらに吐息混じりの囁きボイスが耳に吹き当てられる。小さいながらも妙に通る声だ。脳を揺らしにかかってくる。

 指の動きはこしょこしょとかいうかわいらしい感じではない。さわさわといやらしい動きをしている。


「る、瑠佳! み、未優が邪魔して……」

「おっ、いいぞ未優やれやれー!」


 隣の瑠佳はこちらをちらと見たきり、ゲーム画面に視線を戻す。

 未優がうしろから軽くくすぐっている程度と思っているようだ。


「……みさきちゃん? まーけーなーさい?」


 またも耳元で囁かれ、背筋がぞくぞくする。

 背中に柔らかい2つの球体があたっている。あきらかにわざと押し当てられている。


「さわさわさわ~……」

 

 すっかり動きの鈍くなったあたしのキャラが吹き飛ばされる。

 くすぐってくる手を引き剥がそうとするが、その度にキャラの操作が止まってしまう。


「ちゅ、ちゅ、ちゅ……」


 耳の穴付近に口づけ。勝手に体がびくびくと反応してしまう。

  

「はむ、はむ」


 ついに耳たぶを食べられてしまった。

 あたしはコントローラーを取り落としかける。

 

「ふー……ふーっ……」


 耳穴に息を吹きかけられる。

 あ、ダメだこれ。もはやゲームどころではない。

 もうみゆたんASMR買います。売ってください。


「……ほらほら、まけちゃえまけちゃえ~~……?」

  

 さらに内側に入り込んだ指先が、皮膚の表面をなぞりながら胸元に近づいてくる。全身に鳥肌が立つような感覚がした。

 でもなんでか逆らえない。勝手に体が変な期待をしてしまっているのかもしれない。あたしはキュッと脇を締めて膝を閉じて、されるがままになっていた。


「いやったぁ、逆転勝利!」


 瑠佳がガッツポーズをして勝どきを上げる。

 すっかり動きがヘロヘロになったあたしのキャラは、画面外に吹き飛ばされていた。


「……んふふ、ちゃんと言う事聞けたねぇ? よしよし」


 あたしの頭をなでながらささやくと、未優はさっと身を引いた。

 あたしははっと我に返った。


 ……完全に負けた。

 いろんな意味で。

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