第33話

 それからは瑠佳の部屋でまったり過ごした。

 本来の目的通り、主に読書……マンガをおのおの読みふける。


 窓から入り込む柔らかな雨音が心地いい。部屋を包む優しいフローラルの香り。

 呼吸が深くなって、すっかり落ち着いた。

 ときおりページをめくる音がする。ほとんど会話もなく静かだった。

 

 いつもはたいていなにかしゃべっている瑠佳も、すっかりおとなしい。集中すると入り込むタイプのようだ。

 あたしたちが心配したようなことは起こりそうになかった。


「久しぶりに読み返したけど、めっちゃいい……」


 マンガを置いた瑠佳が伸びをする。すぐに次の一冊に手を伸ばした。かたわらには数冊のマンガが積まれている。


 この部屋とは別にマンガ部屋があるらしい。というか瑠佳のお姉さんの部屋だ。たしかマンガとか描いてるっていう。

 勝手に部外者を入れると殺されるというので、瑠佳はそこから本を持ってくる。


 あたしは瑠佳と同じマンガを最初から読んでいた。そのいっぽうで、未優は部屋にある本棚から本を物色しているようだった。手に取ってはパラパラ眺めて戻して、を繰り返している。


 未優は本を小さなちゃぶ台の上に広げていた。

 マンガはあんまり読むイメージないけど、珍しく集中している。熟読しているようだ。

 

「未優、なに読んでるの?」


 横からのぞきこむ。

 紙面では、半裸の女子同士がベッドの上で手を絡ませあっていた。あたしは吹き出した。 


「無言で熟読すな」

「う~ん、惜しいけど、ちょっと違うんだよなぁ……」

「細かいこだわりを見せるな」


 よくよく見たら明らかに普通のマンガ本ではない。やたら薄い。

 いやいや、そういう本があるのはダメでしょう。あたしは瑠佳に非難の目を向ける。


「……あの、瑠佳さん? なんでこんな本があるの?」

「ん、わかんない、お姉ちゃんのと混じったかな?」


 本人はしれっとしている。ちらりと一瞥したきり、読書に戻った。

 エエエなにそれ最悪~などと騒ぎ立てることもない。


 わりとそういうの理解あるっていうか、慣れてるみたいだ。オタク文化的なものにも親しみがあるようだし。


「あれ、この写真って……」


 薄い本を棚にしまった未優が、棚に乗った写真立てに目を凝らす。


「これって、瑠佳ちゃん?」

「そうだよ」

「へ~。バスケ部だったんだ?」


 ふたりの会話を聞いていたあたしは、少し気になってマンガを置いた。未優といっしょに何枚か飾ってある写真を眺める。


「え~これ瑠佳? 全然違うじゃん」

 

 ユニフォーム姿の瑠佳がバスケットボールを手に乗せている。

 髪が今より短い。普通に黒髪。メイクもなし。

 今は少しギャルっぽい印象があるからもともとそっち系なのかと思ったけど、そういうわけではないらしい。


「急にどうしちゃったの?」  

「まあ部活引退してから解放されたというか。いろいろとありまして」


 苦笑いで話を濁された。

 瑠佳のこと、実はあんまりよく知らないことが多い。未優が写真を近くで見つめながら言う。


「え~かわいい~。わたしこっちのほうが好き」


 未優さん?

 あたしの前で他の子を好きとか言っちゃうのはどうなのかな? 刺されたいのかな?


「そう? なんか陰キャっぽくない?」

「ううん全然。正統派美少女って感じ」

「そうかな~?」


 と口ではいいながらも、瑠佳もまんざらではなさそうだ。 

 はいそこの二人イチャイチャNG。

  

「あー、あたしは今のほうがいいかなー?」


 どっちかというとあたしも写真のほうが好みだったけど、ここは負けじと逆張りしていく。

 過去がどうとかよりね、今を見てあげないとね。本人は良かれと思ってやってるわけだから。


「えーやったぁ。うれし!」

「いつだって今が最高、だろ?」

「うん、冗談でも嬉しい」


 あれ? ギャグっぽく聞こえた?

 かっこよく決めたつもりだったんだけど。


「私、みさきの昔の写真とか見てみたいなー」

「言っとくけどロリみさきちゃんマジでやばいよ? ペロッペロよ?」

「えー見たーい。今度は私がみさきの家に遊びに行きたいなー」


 瑠佳はすっかりご機嫌になった。未優との瑠佳喜ばせバトルに勝った。

 ……ではなくなにをやっているんだあたしは。

 すっかりテンションの上がってきた瑠佳が、顔を手で仰ぎだす。

 

「はーちょっと暑くなってきた。やっぱりこれ脱ご」

 

 いきおいよく羽織っていたものを脱ぎだした。

 肩もろ出しの鎖骨丸見えで、ちょっと胸の谷間まで見える。急に肌の露出度が上がった。


 それって脱いでだいじょうぶなやつ?

 いきなりパージした瑠佳に目を奪われていると、

 

「未優っておっぱい大きいよね」


 さらに瑠佳はいきなりトンデモ発言をした。まあいつもの制服姿より胸が強調されてはいるけど。


 それはあたしも常々思っていることだが、口にすると未優は不機嫌になるのでわざわざ言わない。本人的にはコンプレックスらしいから。

 

「全然、そんなことないよ~」


 案の定、未優はサラリと流す。

 内心ちょっとピキってるかも。


「そんな大きかったら肩凝るんじゃないの~?」


 瑠佳は膝で歩いて、未優のもとににじり寄る。グラスに口をつけながら座っている未優の背後に回った。

  

「私、マッサージうまいんだよ。部活のときみんなによくやってたから」


 うしろから未優の肩に手を触れて、揉みしだき始めた。


「どう?」

「うん、気持ちいい……」

「これは?」

「んっ……それも、気持ちいいかも……」


 声だけ聞くと非常によろしくない。

 マンガとか読んでる場合じゃなくなってくる。このままでは瑠佳の手によって、未優が快楽に目覚めてしまう。

 

「あたしもあたしも! 肩凝ってるからやってほしい!」


 手を上げながら近くに膝をすすめた。

 すぐさま瑠佳が背中に取り付いてくる。手が肩に触れて、さわっと脇の下を通って……。


「ひゃっ……」


 別の部位を触られて、声が出る。

 脇の下から伸びた瑠佳の両手は、あたしの胸をむんず、とわしづかみにしていた。

 慌てて振り払って、腕で両胸をかばう。

 

「って、どこ触ってんの!」

「あ、まちがえた〜……へへ」


 振り向くと、瑠佳はいたずらっぽい笑みを向けてきた。

 絶対わざとだ。いやわざととかいう次元の話ではない。


「ねえ未優、今の聞いた? 『ひゃっ』だって。かわいい〜……」


 からかうように言われ、恥ずかしさがこみ上げてくる。

 らしからぬ声が出てしまったが、今のは条件反射的なものだ。なんとかごまかそうと、手をわきわきしながら瑠佳に迫る。


「一回は一回だぞ瑠佳~」

 

 と口では言ってみたもののそんな度胸はありません。生まれつきの純粋女子なら違ったのだろうけど、体に触れるのはどうも気がひけるというか。

 瑠佳は胸を腕で隠すようにすると、未優の背後に逃げ込んだ。

 

「助けてぇ未優、みさきがおっぱい触ろうとしてくる~~」


 あたしを見つめる未優は真顔だった。

 アッハイただの冗談で~す、と早々に引き下がろうとすると、未優の両脇からにゅっと瑠佳の手が生えた。下から胸の膨らみを持ち上げる。


「おお~~。これはなかなかの……」


 あたしの目の前で未優の胸が揺れる。たゆんたゆんと擬音がつきそうな勢いだ。

 未優は一瞬なにが起こったのかわかってないような表情だったが、すぐにさっと顔を赤くした。

 

「んもう、こらっ!」


 瑠佳の手を振りほどいて、手で叩く素振りをする。

 あれ? 「んもうこらっ」で済むならあたしもやりたいんですが。

 

「あははっ、あーたのしー」

「楽しいじゃないよ、もう」

「でもべつにいいじゃん? 減るもんじゃないし」

  

 急に変なスイッチ入ったか。やりたい放題だ。

 にしても瑠佳はかなり手慣れている。おそらく初犯ではない。これまでもあまたのおっぱいを揉みしだいてきたに違いない。


 気弱そうな後輩バスケ部員をマッサージと称して体育倉庫に呼び出し、二人きりの密室で徐々に行為をエスカレートさせて……。

 おっと、妄想が暴走しそうになった。


「んー……」


 まだなにか物足りないのか、瑠佳はまたもあたしの胸元をじっと見つめてきた。

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