第32話
「じゃあお昼、軽くなんか食べよっか!」
一段落すると瑠佳がすぐさま提案する。
あたしと未優だと「どうしようどうする」でなかなか決まらないから助かる。
瑠佳に続いてあたしたちは駅に入っている喫茶店に入った。
一番うしろをくっついていったあたしは、流されるままに席につく。対面に美少女二人が座るとなんだか圧倒される。変に緊張する。自分も同じ女だということを忘れそうになる。
席でメニューを選ぶ間も注文をしたあとも、瑠佳はひたすら楽しそうだ。いわゆるそういう感じ、感はいっさいない。よこしまなことを考えていたあたしたちが恥ずかしくなってくる。
しばらくして注文の品が運ばれてくる。
厚切りのトーストにチョコが網掛けになったやつ。
丸いふわふわケーキにクリームが乗ったやつ。
未優と瑠佳の前にそれぞれお皿が並ぶ。
あたしは今をときめくJKではあるが、実は生菓子系のものがそんな得意ではない。アイスとかゼリーは好きだけど。
そして初めて来たお店で優柔不断を発揮し、昨晩食べたにも関わらずなぜかまたハンバーガーを注文していた。
「瑠佳ちゃんのおいしそうだね~」
未優がフォークを手に取りながらいう。
本人の前でも瑠佳ちゃんって呼ぶんだ。ふーん。
「未優に一口あげる。はい、あーん」
瑠佳がフォークですくったケーキを未優の前に差し出す。
未優はあーんとかそういうの好きじゃないからやめといたほうが……。
「あ、おいしい。そんな甘すぎなくていいね」
おや未優さん?
ためらいなくぱくりといきましたね今?
「みさきも一口食べる?」
「いらないんじゃん? みさきは生クリームとか苦手だし」
勝手に未優が断りをいれる。
いや苦手とはいってないし? 弱点みたいにいうのやめてもらっていいですか? あ、でもその生クリームはなしでお願い。
「う~ん、甘すぎなくていいねぇ~」
瑠佳にあーんされたパン生地が口の中でとろける。
いやあたしからすると十分甘いわ。と思ったが空気を読んで大人なコメントをする。
「瑠佳ちゃんの洋服かわいいね」
食事が落ち着くと、未優がぽそっと話題を投げる。
未優様モードではなく、ふだんの未優に近い声音だ。さっき褒められたやつのお返しか。それにしてもあの未優がずいぶん心を許しているように見える。
「そうそう、見てこれ」
瑠佳が両手を上げる。ピンクのカーディガン。
「ほらこれ、みさきが萌え袖好きっていってたじゃん」
瑠佳は指先で袖をつまんで、あたしに向かって手をふりふりする。
も、萌ええええ!(死語)
「でも今日ちょっと暑かったかなぁ~」
え、でもそれでわざわざその格好してきてくれたの。
意外につくすタイプか。さっきも男たちに言い寄られていたのを見るに、押しに弱いのかも。頼んだら何でもしてくれそう。
「ほら、うりうりうり~」
両腕を伸ばして、あたしの首周りを萌え袖でワチャワチャしてくる。
夢、ひとつ叶いました。
「へ~、そうだったんだ~……?」
そのかたわらで未優が目を細めてくる。なんだか「このオタクが」と言われている気がする。
未優はそういうだらしないのは嫌がる。わかっていたから未優には言わなかったけど。
「そろそろ出よっか。なんか混んでるみたいだし」
未優の一言で萌え萌えタイムは早々に終了した。
瑠佳の家は閑静な住宅街にあった。
小さな庭のある二階建て。瑠佳が鍵を使って玄関の扉を開ける。
「今日うち誰もいないからさ~~。遠慮なくあがってよ」
外の屋根つきガレージは空だった。家族は出払っているらしい。
「……誰もいないってさ?」
玄関口で未優がこっそり耳打ちしてくる。
なにやら意味ありげな目つきだ。誰もいないときに呼ぶとか怪しくない? とでも言いたげな。
出会い頭の件があって未優も瑠佳とは打ち解けてきたと思ったのに、萌え袖の話からやや雲行きが怪しくなった気がする。未優の口数が減った。疑惑は晴れていないらしい。
あたしたちは二階の瑠佳の部屋に通された。
カーテン、カーペット、ベッドの毛布などなど、全体的にピンク多め。
ちゃんと女の子の部屋だ。めっちゃいい匂いする。
「ちょっと飲み物持ってくるねー」
瑠佳がそう言い残して部屋を出ていった。
未優以外の女子の部屋に入るのは初めてだ。未優も自分の部屋にはあまりあたしを入れたがらない。
女であるのをいいことに不法侵入している気分になる。ベッドにダイブして枕クンカクンカしてみたくなる。
「座ったら?」
あたしの頭の中を見透かしでもしたのか、座布団に腰を落ち着けた未優が不審者を見るような目をしてくる。
あたしは慌てて未優の隣、瑠佳の用意してくれた座布団に座る。なぜか正座。
「ふぁ~あ、なんかつかれた」
未優はその場で伸びをした。
足を崩して膝をついたかと思えば、両手をカーペットについた。そのまま身を乗り出して、あたしの頬に唇を触れさせてきた。
……触れさせてきた?
あたしは驚いて身をよじる。
「ちょ、ちょっと、いきなりなにすんの?」
「きす」
「いやいやなんで今?」
「したかったから?」
なんで急にそんなうれしいことを?
けど今じゃないっていうか。
「そんなことして、瑠佳に見られたらどうすんの」
「見られたら困るんだ?」
「そりゃ未優だって困るでしょ」
すぐさまそう返すと、未優は「んー~……」と一度考える素振りをした。
「わたしはいいとしても、みさきが困るのはなんで? わたしのことが好きなの、瑠佳ちゃんにバレたら困るってこと? それってなんで?」
理詰めモード来た。
怒っているというわけではないけど、そのいかにも不思議そうな表情と作ったような声のトーンが怖い。
しかし改めて言われると、なんでだろう。
ここで瑠佳にも高々と宣言してしまえば、NTRの恐れはなくなる。いらぬ争いは起こらない。たぶん。
ただ学校で言いふらされたりすると、ちょっとどうなのっていうのはある。それは未優も困るんじゃないかと。
「それはほら、学校で噂になったりすると、未優にも迷惑かかるかなって……」
「そこはちゃんと瑠佳ちゃんに説明したらいいんじゃない? あたしは未優が世界で一番大好きで未優の言うことならなんでも聞いちゃう変態ですって」
「後半おかしくないですかね」
「なーんか気持ちが伝わらないんだよねぇ。あのさ、もしわたしがダメそうだった場合、瑠佳ちゃんに乗り換えようとか思ってない?」
ぎくっ。
いやぎくっじゃなくて。図星とかじゃなくて。
未優がそんな発言をすることに驚いたっていうか。やっぱりめっちゃ疑われてるじゃん。
「な、ないない! ないって! そんなのあるわけないじゃん!」
「ほんと? みさきさ、瑠佳ちゃんの足とかチラチラみてない?」
「は、はい? み、見てない見てない」
「ほんとかねぇ?」
それに関しては瑠佳の格好がえっちなのが悪い。瑠佳にクレームしてほしい。
だいたいそれを言うなら未優だってそうだ。瑠佳の服がかわいいとかなんとか余計なこと言ったりして。
「そっちこそ、ずいぶん瑠佳と仲良しじゃん? なんか急に」
チクっと刺してやる。
慌てて弁解を始めるかと思いきや、未優は待ってましたとばかりににんまりと口元を歪めた。
「ん? あらら? もしかしてみさきちゃん、嫉妬してるのかにゃ~~?」
傾けたニヤニヤ顔を近づけてくる。
あたしは真顔で答えた。
「してますけど何か?」
「わたしが瑠佳ちゃんと仲良くしてて不安になっちゃった?」
「うん」
「もしかして取られちゃうかも? とか思った?」
「うん」
「素直すぎて張り合いがないんですけど」
そんなことないから! 未優のいじわる! もう勝手にすれば、ふん!
みたいにやってほしかったのかしらんけど、こっちはそういうノリじゃない。NTRがつけ入る隙すら与えない。
「未優? あんまりうかつなことすると刺されるからね? 気をつけて?」
あたしは手刀を作ってかざしてみせた。Yandere手包丁である。
あたしはハーレム主人公側ではなくヤンデレヒロイン側なのだ。そこを勘違いされると困る。
「そのセリフ、そっくりそのまま返すよ?」
未優も同じく手包丁を構えてみせた。
やるかやられるかのギリギリYandere限界バトルが勃発する。
お互い見合っていると、瑠佳がお盆にグラスを乗せて戻ってきた。
「おまたせ~。……あれ? どしたのふたりとも?」
瑠佳がきょとんとした顔で立ち止まる。
あたしたちは無言で手をおろして、お互いの武器をしまった。
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