第27話
言葉は思いのほか自然に、よどみなく出た。でも言葉を発したのは、本当にわたしなのか、わたしじゃない誰かなのか定かじゃなかった。
みさきが顔をわたしのほうに倒す。
キラキラした目がまばたくことなく、じっと見つめてくる。
「あ、あたしも、未優のこと、好き……」
「知ってる」
口でならいくらでも言える。
だからその本気度をたしかめるってとこで止まってる。
それに今はみさきの話じゃなくて、わたしの話。
「え、じゃあ……」
「正確にはみさきこと、いじめるのが好きみたいなの。どうしたらいいかな?」
みさきのことが好き。
それで終わっていればいいものを、わたしの口はまた余計なことを言った。
だって好きって言ったら、みさきは安心して、調子乗って。
また今日みたいなことするかもしれない。未優はちょろいから、謝ればいっか。っ思われる。
で、わたしもわたしで、さっきみたいにされて、許す。
それ、駄目じゃん。結局わたしの負け。いつか本気で捨てられるかも。
……なんて。
でもそれは、違う。
それは、表向きの理由。
無理やり理屈をつけた理由。
わたしは、気づいた。気づいてしまった。
みさきが一番かわいいのは、困ってるとき。焦ってるとき。照れてるとき。恥ずかしがってるとき。
いつもみさきがふざけてちょっかいかけてきて、わたしが恥ずかしくなって逃げる。
けどそれって、なんか違う。ずっと違うなって思ってた。
きっとわたしの本質は、いじめられるより、いじめる側。
人をいじめて喜ぶ、ドSの変態。
なるほど。わたしって、そうだったんだ。
でもわたしの性癖が歪んだのは、きっとこの子のせいだ。彼女はその責任を取らなければいけない。
だからこうして匂いかがれて耳たぶぺろぺろされても、みさきは文句言えないの。
みさきはわたしを見つめ返したまま動かなかった。どうやら思考停止してるみたいだ。いきなりこんなこと言われたら、そりゃそうなるか。
「ど、どうしたらいいって?」
「うん、そう聞いてるんだけど」
「いやでも、いじめられるのは、ちょっと、こ、困る、なぁ~……あっ……」
わたしは耳たぶの上の空洞の縁を舌でなぞった。
みさきは肩をすくませて、身をよじらせる。わたしの口からは自然に笑みが漏れる。
「ふふ、声かわいい」
みさきがむっと睨み返してくる。けれどわたしが微動だにしないのを見て、少し弱気になる。
「こ、こういうのはよくないって、未優けさ言ってなかったっけ」
「よくないよ。でもわたし、悪い子だから」
「え?」
「だってみさきは正義の味方のいい子だっていうから。かわりにわたしが悪者になってあげる」
みさきはいい子で、わたしは悪い子。
正義の味方のみさきは、みんなの人気者。
みんなの人気者のみさきは、悪者のわたしが好き。裏では悪者の言いなり。逆らえない。
つまりわたしが一番。わたしが誰よりも上。優越感。ぞくぞくする。
わたしだけが、みんなの知らないみさきを知ってる。
裏でこんなことしてるって知ったら、みんなきっと羨ましがるだろうなあ。
みさきがみんなの注目を集めるほど。
人気者になればなるほど。
さらに独占しがいがある。いじめがいがある。そしておいしくなる。
「やっぱりみさきに悪者は似合わないもんね」
唖然としているみさきの頬を、手でゆっくり撫でる。
「わたしのこと好きって……本当にいいの? わたしって、嘘つきで、意地悪で、ひねくれもので……。みさきのことを独り占めして、自分の言いなりにしようとする女だけど。それでもいい? それでも好き?」
自分で言ってて、改めてヒドイ。
好きになる要素ある? これ。
でもちゃんと、利用規約を出して確認させないと。
わたしは嘘はつくけど本気で人を騙すようなことはしない。そういう人間にはなりたくない。真摯な悪者なのだ。
わたしたちは無言のまま見つめあった。
てか、床に寝転がりながらなにやってんだろう。こんな状況で告白めいたことしてるのがおかしい。誰かに見られたら絶対笑われそう。
みさきはわたしの真似をして、わたしの頬に手を触れてきた。
「……いいよ。いいに決まってる」
「ほんとに? その言葉に二言はない?」
「な、ないよ?」
「いま一瞬ためらったでしょ?」
人差し指でほっぺたを押す。
ずにゅうっと沈んで、笑けるぐらいに柔らかい。
みさきはわたしの指ごと手を握りしめると、急に真面目な顔を作った。
「だって、未優がめんどくさいのは今に始まったことじゃないし」
真剣な眼差し。
はっきり分かれた黒目と白目はきれいに透き通って芸術品のように美しい。
わたしは目が釘付けになる。
「それに、そんなこと言っても……なんだかんだで未優は優しいもんね」
表向きは物静かで優しい八方美人な優等生。でも頭の中はいつも騒がしくて、好き嫌いの激しい自己中女。
駅とかで困ってそうな人を見かけても、誰か助けてあげるだろうって見て見ぬふりする。
そしたらみさきがさらっと声をかけて、助けちゃう。
やっぱりわたしって駄目だなって自己嫌悪するだけで、終わり。
「優しい未優は、情けないあたしのかわりに悪者になってくれるんだもんね」
別に優しさとか、そういうつもりなんてない。
つまるところわたしのためなんだから。
「だって全部素直に、正直に言っちゃうんだもん。普通はそういうの隠すよね。だから未優はほんとは、素直で正直な、いい子」
みさきは笑って、わたしの頭をなでた。
優しく触れただけだったけど、まるで脳の大事な部分に触れられて、中をいじくられてるみたいだった。
なんでか泣きそうになった。
急に目元がぶわっと熱くなって、本当に泣いてしまいそうだった。
だから顔を見られないようにそむけて、すばやく体を起こして、みさきの腰の上にまたがった。
こっそり目元を拭って、上から倒れ込むように顔を近づける。
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