第26話
抱きかかえたみさきの頭を、胸と胸の間に収める。
すっぽり入った。ぴったり。
わたしはぬいぐるみでも抱くように、両腕で締め上げる。逃げられないよう、体の重心を前のめりにする。
「ん、んぅっ……」
胸元にみさきのうめき声が響く。
苦しいらしい。ろくに呼吸できないはず。
でもわたしは腕を緩めない。それどころかさらに力を強くする。
「ん、ん、んん~~っ!」
みさきの手がわたしの背中をタップし始めた。
そろそろ息が限界らしい。でもわたしはやめない。
もし目の前に鏡があったら、かなり悪い顔してたと思う。楽しい。
ん? 仲直りはどうしたって? やられたぶん倍返しですよ?
もう片方のみさきの手がわたしの太ももを掴んで、ぎゅっと指を食い込ませてくる。
さすがに苦しそう。一度緩めてあげる。
「はぁ、はっ……」
荒い呼吸をしながら、なにか言いたげな顔がわたしを見上げてくる。
怒ってるのか驚いているのか困っているのかそれとも喜んでいるのか、なんとも言えない表情。でもいい顔。
わたしは笑いながらささやく。
「苦しい?」
「う、うぅん……」
みさきは声にならない返事をする。息をするので精一杯みたいだった。
わたしは肯定と取ったふりをして、ふたたびみさきの頭を引き寄せて胸に埋める。
それにしてもピッタリだ。
あ、わかった。わたしの無駄に大きい胸って、こういう使い方するためにあったんだ。だって基本役に立たないし。
頭を抱きしめながら鼻先を近づけて、みさきの髪の匂いを嗅ぐ。今なら絶対バレない。
そのうちにみさきの手がわたしの太ももを握って、つねった。
なんかそれ、合図になったみたい。わたしはいちど力を緩める。
「なに? 苦しい?」
「く、苦しい……けど、気持ちいい」
「そうなんだ? もっとしてほしい?」
みさきは目をとろんとさせたまま、曖昧にうなずく。意識が朦朧としているのだろうか。
でももっとしてほしいらしい。お望み通り続けてあげることにする。
ぎゅ~っと、さっきよりも強く。
でもあんまりやると死んじゃうかも? その場合死因はなんだろう。ハグ死? おっぱい死?
「ん、んぅっ……」
うめきとともに、みさきの手のひらが太ももの付け根のほうに近づいてくる。
スカートの裾がまくれて中が見えそうになる。下着の上に黒パンはいてるからいいけど、スカートを潜ってくる手が視覚的によろしくない。
さらには内ももに指先が滑りこんできた。少しどきっとする。わたしは慌てて腕を離すと、みさきの手を体ごと押し返した。
「どこ触ってるの? ねえ」
両手のひらでみさきのほっぺたを持ち上げた。
みさきの顔がにへら、と笑う。うれしそう。
脳に酸素がいかずにおかしくなったか。
わたしはみさきの頬をつぶした。唇を突き出した変顔になる。
「なに? 意地悪されて喜んでるの?」
「いじわる?」
「みさきは本当は男の子だったんでしょ? それなのに女の子にいじめられて喜んでるの? 情けないねえ?」
「今は女の子だもーん」
「なにそれ。さんざん『あたしは本当は男だ』とか言ってたくせに」
恥ずかしがらせてやろうと思ったのに、当人は恥ずかしげもなく言う。
その時によって使い分けてくるのなんなの。普通にずるいでしょ。
「こんなの全然意地悪に入らないよ。むしろご褒美だよ!」
「え?」
「ふへへ、みゆのおっぱい柔らかくて気持ちくていい匂い……太ももすべすべでやらかい……」
急にエロガキ男子になる。
思いつきでやってみたけど、この攻撃はまるで効いてない。仕返しどころか喜んでる。
それどころか素直に感想を口にされて、顔がかあっとなる。自分で自分の首を絞めてしまった。わたしはみさきの額を押して引き剥がす。
「もうおしまい」
「え~やだ、もっと」
「もっとじゃないっての」
立ち上がろうとすると、みさきが勢いよくわたしの胸に抱きついてきた。
「え、ちょっ……」
わたしはみさきの膝の上でバランスを崩す。
横倒しにソファに手をついて、それでも姿勢を戻せなくて、後ろに転がり落ちる。
視界がぐるんとまわって、ななめに天井を見た。
あ、やばいと思って、とっさに身を丸めて目をつぶった。
背中に衝撃が走る。やっぱり落ちた。
けど、ほとんど痛くない。目を開くと、みさきの顔がすぐ目の前にあった。
「大丈夫? 未優」
みさきはわたしをかばうように背中に手を回して、半身を滑り込ませていた。落ちた衝撃はみさきがほとんど吸収してくれたみたいだった。
「大丈夫……。みさきは?」
「ぜんぜん大丈夫」
吐息を感じる距離で確かめあう。
落ちたのは床ではなくカーペットの上だった。
ちょっとびっくりしたけど、ソファはそれほど高さもない。
それよりも今は、この距離感というか、体勢が気になる。
わたしの体はみさきの腕に抱かれていた。上半身はお互いの胸を押し付け合うように密着していて、下半身は両足がごちゃごちゃに絡み合っている。
「……ご、ごめん」
再び目が合うと、みさきは申し訳なさそうな顔をする。でももとをたどれば無理やり膝に乗ったわたしが悪い。
みさきは慌てて体を離そうとしたみたいだけど、わたしが起きないと起き上がれない。
わたしはすぐに立ち上がる……ことはしなかった。
上になったまま、顔をゆっくりみさきの首元へおろしていく。鼻先をかすかに触れさせながら、首筋をなぞる。
不思議だった。
まるで自分の体を別の誰かが動かして、わたしはそれを眺めているような、不思議な感覚だった。
「すんすん」
「ちょ、ちょっと未優……?」
「うん、今日はちゃんといい匂い。いい匂いだから、ご褒美」
顔の輪郭を伝うようにして、耳元に近づいた。
これはわたしじゃない。わたしじゃない誰かがそうしている。きっと。たぶん。
わたしの唇は、みさきの耳たぶを食べていた。
「ひゃっ……」
みさきの口から女の子みたいな声が出た。いやまあ女の子なんだけど。
「動かないで」
「く、くすぐったいって」
「これ、嫌?」
「い、嫌っていうか、くすぐったいし……」
「くすぐったいの、嫌?」
みさきは大きな目でゆっくりわたしを見た。
白い頬はすっかり赤くなっていた。なにかを迷うような、困ったような表情で、首をふるふるする。
ぞくりとした。
全身の毛が逆立つような感じ。
この感覚は……昨日も感じた。
今まではどっちかっていうと、みさきが動いて、わたしが受け身で。
けどなんか、しっくりこないなって。これってわたしらしくないなって、心のどこかで、ずっと思ってた。
でも今は、楽しい。しっくりくる。
そっか。そうだったんだ。
違ったんだ。
わたしが、こっちだったんだ。
床の上で体を絡ませたまま、わたしはみさきの耳元でささやく。
「あのね、わたし、気づいちゃった」
「……な、なにを?」
わたしはみさきの頭に手を触れた。
指先で髪を撫でて、やさしく梳く。
「わたし、みさきのこと、好き」
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