第28話

「誰がめんどくさいって〜?」


 めいっぱいおどけた調子で返す。なんも効いてないふり。

 けどもしかしたら、わたしの考えてることなんて、すべて見透かされてるんじゃないかって思った。


 みさきはわたしのこと、全部わかったうえで、それでも受け止めてくれてるのかも……なんて。さすがに高望みしすぎか。

 でも試してみたくなる。


「じゃあまず、テスト。あたしは未優に上に乗られて喜んでる変態ですっていってごらん?」

「な、なにそれ! あたし、へ、変態じゃないもん!」

「未優の言いなりのドMの変態ですって」

「増えてるじゃん!」


 わたしはみさきの上から覆いかぶさるようにして、唇を近づけた。


「ちゃんと言えたらチューしよっか?」


 胸の膨らみ同士がぶつかって、形がたわむのがわかる。

 みさきの視線がちらりと胸元に落ちた。わたしは見逃さない。

 

「ほら、今うれしそうな目でおっぱい見た」

「ふ、普通の目ですけど? それ、当たってるから……」

「ん? 感じてるの?」

「か、感じてません!」


 顔を赤くするのを見て、いたずら心が芽生えた。

 わたしは胸を上から押し当てて揺すった。敏感な部分がわずかにこすれる。少し気持ちよくなってるのはわたしのほうだった。


 ……え、なにこれ。

 わたしなにやってんの。こんなの痴女じゃん。


「で、どうするのみさき? 言うか、ここでやめるか」

「あ、あのさ、いざとなったらあたしのほうが力強いんだからね?」

「そうだねえ。それにみさきは本当は男の子だもんねえ」

「お、おうよ。本気で取っ組み合いしたら未優は負けるよ? わかってる?」


 この期に及んで謎の反論。この状況ではぜんぜん説得力がない。

 口は強気だけど、目が泳ぎまくっている。かわいい。


 言うまで待つつもりだったけど、わたしが我慢できなくなった。

 悪者のわたしは唇をすぼめて、みさきの上唇をはさんだ。閉じて、開いてを繰り返して、感触をたしかめる。


「おとなしくしてて、みさきちゃんはいい子だねえ?」


 抵抗される気配がないのをいいことに煽ってみる。

 みさきは薄く目を閉じていた。もう全然されるがままだ。声にこそ出さないものの、してほしいと言ってるようなものだった。


 上唇と下唇の境目を合わせる。ぴったり密着させると、わたしを受け入れるように、唇は自然と開いていった。

 わたしは舌を伸ばして、そのすきまを割った。


「あ……」


 吐息が漏れて、みさきの肩がびくりとこわばるのがわかった。

 わたしは怖がらせないよう、優しく、ゆっくりと差し込む。

 みさきの舌はこばむことなく迎え入れてくれた。

 

「はぁっ……」

 

 お互いの吐息が混ざる。

 温かくて滑らかで柔らかい。別の生き物を口の中に飼ってるみたい。


 わたしは思ったより落ち着いていた。

 ずっとこういう妄想をしていたからかもしれない。今も半分妄想の、夢の中にいるような心地。頭がふわふわしてる。


 けれどこの柔らかい生き物の反応は、わたしの想像力の外にあった。

 つつくとびくっとする。絡めようとするとひっこむ。ずいぶん臆病者らしい。 


 少しすると逃げなくなった。おっかなびっくり形を確かめるように動き始める。そこでわたしは舌を引き上げた。


「もっとしたい? してほしい?」


 みさきの顎がかすかにうなずく。


「してほしいなら、ちゃんとお願いして?」


 今度は困ったような顔になった。すねたように唇を尖らせる。


「未優のいじわるぅ……」

 

 せつなそうな表情。声。

 とんでもない破壊力。壁に頭を打ちつけたくなった。


 そういうの、もっと見たい。聞きたい。

 むらむらするって、こういう状態なのかも。

 なんだかわたしのほうが男の子みたいだ。


「ん~? なに~? ちがうよねぇ?」


 この女ノリノリである。

 自分であって、自分でないような、この感じ。

 小さいときに子役まがいのことをしていたのを思い出した。ちょっとしたドラマとかにちょい役で出たりもした。


 でもわたしには才能がなかったからすぐやめた。もともと自分がやりたくて、やりだしたことじゃなかったし。

 演技はまあまあだけど、華がないとかっていう評価。どないせいっちゅうねん。黒歴史だから家族以外は知らないしみさきにも言ってない。


 もしかして今になって才能が開花した? そんなバカな。

 だとしてもそれをこんなことに使ってるなんて、三流も三流です。


 表舞台で主役を張れるのは、きっとみさきみたいな子だ。わたしみたいなのはどこまでいっても、脇役のチョイ役で終わり。

 でもみさきはダメだな。すぐ顔に出るし。演技とか絶対できそうにないし。 

 

 言葉にはできない、不思議な力を持っている人がいる。

 その場を支配する、見えないオーラ。場の空気を操る力。雰囲気を作る力。

 演者に限らず、そういうすごい人をわたしは目の当たりにしてきた。


 今、わたしがその場を作っている。

 遅ればせながら、力に目覚めた気分だ。

 ここではわたしが絶対的な強者。誰も逆らえない。


「して……ほしい」


 彼女も例外ではない。とうとう言葉を吐き出させた。

 物欲しそうな顔で、犬みたいに舌を出して待っている。


 頭がクラっときた。演技している余裕なんてなくなった。

 その絵面たるや、ぶっちぎりで主役級だ。脇役のわたしにはかないそうにない。

 わたしは唇を近づけて、触れる寸前で、止める。


「これからわたしの言うこと、ちゃんと聞ける?」


 みさきは声もなく頷く。

 うーん、なんか軽いなぁ。

 今してほしいから、ただ首を振ってるだけに見えなくもない。


「ちゃんと言って。じゃないとしてあげない」


 言葉には力が宿るという。

 頭で考えるだけと、口に出すのとでは大違い。

 もう口約束でもなんでもいい。それでわたしがひとまず安心するから。

 

「あたしは、未優の……」


 とうとう、みさきが言いかけたそのとき。


 ――ぐぅ。


「……未優、いまお腹鳴った?」


 わたしのお腹の音が邪魔をした。

 さんざん待たされてやっと食べられると思ったら、予想外の長丁場が始まってしまい耐えられなかったらしい。

 かあっと顔が熱くなる。みさきが吹き出した。


「未優はとりあえず、ご飯食べよっか」


 わたしの作り出した場はどこかにいってしまった。

 最後の最後で締まらない。トドメの一言、引き出せなかった。

 ああもう、なんなの。

 やっぱりわたしには才能がない。三流以下だ。

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