第20話


「みさき、すごい肌も白いし髪も綺麗だし。天使みたいだよね」


 瑠佳のベタ褒めきた。

 あたしは未優にドヤ顔を向ける。


「聞いた? 天使だって」

「そうね」


 三文字で返された。

 あたしをちらりともしないおすまし顔だがこれも嫉妬。


 弁当を食べ終えると、あたしはこれみよがしに瑠佳とマンガの話をした。

 未優は入ってこれない話題だ。わかりやすく嫉妬煽りをしてみる。

 

「それいいね~。じゃあさ、今日の放課後アニメートよってかない?」

「え? あーえっと……」


 いきなり誘いかけられて固まる。思った以上に話が盛り上がってしまった。

 軽く未優を煽るぐらいでよかったんだけど(チキン)、これ誘いに乗ったらわりとガチめになってしまうのでは。

 あたしはスマホをいじっている未優の顔色をうかがう。

  

「ど、どうかな?」

「……なんでわたしに聞くの?」

 

 目で「だめに決まってんだろ」って言ってるような気がしないでもない。アイコンタクトで会話できる? そんなこと言いましたっけ?

 瑠佳がすぐさま差し込んでくる。


「あ、そしたら未優も……」 

「わたしはいいよ、邪魔したら悪いし」


 未優は微笑を浮かべながら手を振った。

 ふたたび未優様結界が張られている。圧倒的な壁を感じる。


 ……えっとこれ、大丈夫そ?

 嫉妬どころか、じゃあもういいですさよならになってない?

 嫉妬煽りとかいう高等テクニックに初心者が手を出すのは失敗だった?

  

「あ、えっと、やっぱり今日は……」


 日和ったあたしはすぐさま撤回しようとする。

 そのときいきなり背後からにゅっと腕が伸びてきて、あたしの首元に絡みついた。


「みさきーん!」


 首を絞められるように抱きしめられ、「ぐぇ」と口から変な声が出た。

 声ですぐに莉音だとわかった。あたしの頭に顔を押し付けてくる。

 

「ふぁ~~いいにおい~……」

「ば、ばか、なにをするか!」


 慌てて莉音を振りほどいた。

 これ以上未優を刺激するような真似はしないでいただきたい。


「みさきん、なんか呼んでるよー」


 莉音は教室前方の入口を指さす。

 意味もなく髪をくんかくんかしにきたのではなく、あたしを呼びに来たらしい。

 

 莉音に腕を引かれあたしは席を立ち上がった。

 教室の入り口付近には、見慣れない二人組の男子生徒が立っていた。あたしが近づくなり、かたわれのサラサラヘアーが笑顔で手を振ってくる。


「ああ、このクラスだったんだ! 探しちゃったよ!」


 馴れ馴れしい口ぶりだけどこんな人知らない。

 

「えっと……誰?」

「ほらオレだよオレ~。オレオレ!」


 オレオレ詐欺に捕まるとはついてない。

 しかし面と向かって自分の顔を指さしてオレオレ詐欺とは手法が斬新すぎる。


「いやあの、知らない……」

「えー!? きのうPK勝負したじゃん!」

「あー……?」


 そういえばそんなこともあったような。

 名前も顔も何もかも覚えていない。あのときはNTRモードでいろいろどうでもよくなっていたから。


「あのあといつの間にかいなくなってたからさー。めっちゃ探したんだよ」

「はあ……それで?」

「オレが負けてさ、何でも命令一つ聞くってなってたじゃん」


 どういう流れでそうなったか覚えてない。

 そもそもなんでPK勝負なんてしたのか今となっては謎だ。相当脳がキてたらしい。 


「べつに命令とかないんで。もういいっす」

「いやいやそういうわけにはいかないでしょ。勝負したんだから」

「じゃあ百万円ください」

「いやぁ、それはさすがにきついな~あはは!」


 珍しくあたしのギャグがウケてる。

 ギャグというほどのものでもないけど。

 うーん、だるいし適当にあしらって追い払おう。


「そうそう、びっくりしたマジで!」

「えへへ、そう~?」


 莉音がもう一人の男子生徒となにやら楽しそうにしゃべっている。

 にこにこと愛嬌を振りまく莉音に、男子生徒は早くもでれでれと頬を緩めている。


 この人らはこれで一応先輩らしい。さすが莉音は取り入るのうまい。

 かたやあたしは冷えた能面のような顔。

 これでは未優のことを笑えない。


「じゃあとりあえずさ、飲み物とかおごるよ!」


 いやいらねぇからさっさと帰ってどうぞ。

 と口から出かけたが、かわいい女の子は男子相手にイキり倒したりしない。きっと未優にバツを食らう。

 

 少しは莉音なんかを見習わないといけないかもしれない。 

 それっぽくやってみる。


「え~でも、そんないいですよぉべつに」

「全然いいよ! じゃあ今から購買のとこ行こうよ!」


 やだこの人話通じない。

 なんだかんだで一緒に飲み物を買いに行く流れになってしまった。

「じゃあたしファンタオレンジね」と先輩をパシらせるのはよくないだろうし。


「真宮さんってさ、サッカーやってたの?」

「野球もやってたっしょ?」


 気づけば二人にはさまれて廊下を歩いていた。両側から質問攻めを受ける。

 もう片方の短髪ツーブロックくんは野球部の人らしい。きのう練習に乱入したのは覚えてるけど、人の顔までは覚えてない。

 

「まあ、ちょっとですけど……」

「そうなんだ? すごいセンスあるよ」


 子どものときに野球はちょっとやってた。サッカーもちょっとだけ。

 スーパー美少女のあたしは運動神経バツグンである。


 もともと運動は得意な方ではあった。

 男のときからか◯はめ波を撃てるようになりたかったあたしは、さらに独自の秘密特訓を行っていた。

 怪しい気功の本とか動画とかを見て真似ていた。呼吸法とか、瞑想とか。

 

 体のバランスがいいとか、ここ一番の集中力が高いとか、そんなふうに言われていた。

 この体になって、さらに身体感覚に磨きがかかったように思う。  

 中学の時はいろんな部に入ってみては辞めて、みたいなことを繰り返していた。


 そしてだいたいわかった。

 運動は好きだけど、集団行動が苦手らしい。

 先輩の言うことは聞けよ的な、体育会系なノリが苦手らしい。

 ちょいキモおじさん教師に気に入られて、居残り特訓とかやらされそうになるのが苦手らしい。


 だから結局、今も部活には入ってない。

 どうしようかなって思っていたところではある。

 運動部より今は漫画研究会が気になっている。

 

「真宮さんって、何が好きなの?」

「んーマンガとかですかねー?」

「ゲームとかやる?」

「めっちゃやりますー」

「えーどんなのやるの?」


 歩きながら質問攻めは続く。

 二人して負けじと俺が俺がみたいに聞いてくる。

 そして目が合うたびキランって笑うのやめてもらっていいかな。吹き出しそうになるから。


 あとその目線がちらちら顔見たり体見たり行ったりきたりするのはなに。

 あ、今こいつおっぱい見たなとか、意外にわかるものらしい。

 

「だからさぁ、マネージャーやらない? 先輩が一人もう辞めちゃうからさ」

「いやいやサッカーより野球でしょ? ねえ」

 

 昨日も誘われたけどしつこい。

 自分が試合とかするわけでもないのに無償労働するって、けっこう大変だと思うんだけど。 


 ああいうのやる子って、部員に意中の男子がいるとか彼氏がいるとかそういうことじゃないのか。さすがにそれは偏見か。



「M活のお手当はいかほどで?」

「……はい?」


 ボケが通じない。

 みゆたんなら「P活みたいに言うな」ってつっこんでくれるのに。


「マネージャーって時給いくらですかぁ?」

「時給? あはは、面白いこと言うね」


 未優だったらスルーしてきそうなのがガンガン笑い取れる。

 なにを言ってもリアクション大きくちやほやされる。これはぬるま湯でダメになる。

 

「べつに暇なときにちょっと手伝ってくれるでもいいからさ。オレ、今年部長になるし、融通きかせられるよ。時給は出せないけど、頑張ったらイイコイイコしてあげる」

「えーやだキモーイ」

「あははは」

 

 いやあははじゃなくてまじでキモいぞ。

 大丈夫かこんなのが部長で。

 

「とりあえずさ、連絡先教えといてくれる?」

「あースマホ、教室においてきちゃったんでぇ……」

「じゃああとであとで」


 めっちゃぐいぐいくる。

 一週間後にはベッドに連れ込まれてそうな勢いだ。


「実はオレ、前から何回かみさきちゃん見かけたことあってさー。めっちゃかわいいなって思ってて~」

「あ、それ俺も俺も!」

「なんだよお前、真似すんなよ」


 やめてふたりとも私のために争わないで。

 ……じゃなくて、急にみさきちゃんって呼ばれると、なんかぞわってくる。

 みゆたんにかわいいって言われると「はぅんっ」て感じだけど、男に言われると「……はあ」って感じ。

 

「ガチで美少女って感じだよね」

「ほんまそれな」


 ……はあ。

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