第19話
未優攻略が一向に進まない一方で、あたしの身に少しばかり厄介な事案が起き始めていた。
「そうそうそれ! ほんとそれ!」
「へえ、そうなんだ~」
「そうなの。でさ~……」
オタ話で意気投合したクラスのギャルが急にグイグイ来る件Part2。
学校では距離感のあるあたしと未優も、昼は一緒に食べる。数少ない二人きりになる時間だ。
しかし今日は、そこにプラス一が加わっていた。
瑠佳だ。あたしと一緒に、未優の机を囲んでいる。新入りのはずが一番しゃべっている。
「そうなんだ、すごいね~」
さっきからしきりに相槌を打っているのが未優。
さっきから内心はらはらしながら黙ってお弁当を口に運んでいるのがあたし。
どうしてこうなったと言いたいところだが、昨日の瑠佳とのやり取りを振り返ると半ば必然の流れでもある。
未優が寝取られたのでなければ別にもう……というのもひどい話だ。昨日トモダチ呼ばわりしておいてそれはない。
まあクラスに友達が増えるに越したことはない。
なんだけど……。
「あっ、ごめんね。なんか私、ずっとひとりでしゃべってて」
「ううん、そんなことないよ? 全然大丈夫だよ?」
未優は微笑みを絶やさずさしかえす。
あたしも言われてー。
あたしが未優の知らないマンガの話すると、「それわかんないんだけど」とかって普通に遮ってくる。まあ変に気使われるよりはいいんだけど。
「私、お邪魔かなって思ったんだけど……大丈夫?」
「え? わたしは大丈夫だよ、気にしてないよ」
この未優の態度、意外に思われるだろう。
普段の未優からすれば、きっと不機嫌オーラを醸し出しつつ無言で食べ続ける、みたいな姿を想像されると思う。
しかしこれは未優の7つある形態のうちの一つ、未優様モードである。
未優様モードとは、いつもの無愛想なひねくれ女から一転、まるで清楚な優等生お嬢様であるかのように振る舞うのだ。
「へ〜そうなんだ、くすくす」
くすくす、なんてあたしと二人きりのときは絶対そんな笑い方しない。
つまり今の彼女は未優であって未優ではない。
何度も言うが未優様なのだ。
これを受けた相手は、なんて上品で慎ましやかな子なんだろう。
となるのだが、未優的には「あなたとは仲良くなりません」バリアーを張っている状態だ。
ほぼほぼ別人格を演じているわけだからそりゃそうだ。
「でも未優ってめっちゃ優しいね! なんかもっと怖い人かと思ってた!」
その直感は正しい。もっと直感を大事にしよう。
しかしもう下の名前で呼び捨てとは、瑠佳も瑠佳でたいがいである。
あたしがこっそり笑みを噛み殺していると、未優がつま先であたしのすねをつついてくる。
なにがおかしいん? と言わんばかりの目がちら、とあたしを射抜く。
おお怖い。
未優様モードは未優に言わせるといろいろ角を立たせないため、らしいけど。あたしはこれがよくないと思っている。
そんなふうに優しく扱われたら、勘違い男なんかは簡単に惚れる。
別の意味で角が立つ。これで数多くの男をだまくらかしてきた。けど本人それ気づいてないっぽい。
未優としてはがっつり壁を作っているつもりだそうだが、お茶漬け出されたら帰れ的なアレと似たようなもので、通じない人には通じない。おいしくかっくらっちゃう。
そりゃいきなり知らない子を連れてきて、不機嫌なのはわかるけど。
未優も未優で、友達あんまりいないんだから仲良くすればいいのに。
ここであたしが「猫かぶっとるでその女」とはまさか言えないし。
まあでも、どのみちこういう系は合わないかあ。
「みさき、ほうれん草」
未優があたしの弁当箱を見ながら言った。
こっそり隅にのけているのがバレた。
あたしが食べているこの弁当は、未優と未優母様が力を合わせて作ってくれたものだ。うちのママンがいない間は面倒を見てくれるらしい。
神デバフのせいであたしの舌はお子ちゃまのままなのだ。そういう苦みのあるものは受け付けない。
「作ってもらったのに残すんだ。ふ~ん」
「いやいや残すんじゃなくて、あとにとっといてるんだよ」
どうだか、と未優は鼻を鳴らす。
やり取りを見て、おにぎりを口に運んでいた瑠佳が不思議そうな顔をした。
「え? それって、未優が作ってきてるの? 二人って、どういう関係?」
軽い口調の質問だったが、謎の緊張感が走った。
未優がちら、とあたしを見た。あたしも未優を見た。
ここは正直に絶賛イチャラブ両思い中です、と答えるべきか。誤解されるといけないし。
あたしが余計なことをいいそうな気配を察したのか、未優が先に口を開いた。
「いちおう、幼馴染……みたいな? 家が近いから」
「あ、そうなんだ、へ~それでか~……。なんかさ、もう夫婦みたいだよね」
「……へっ?」
「わざわざ口にしなくてもお互いわかってる、みたいな?」
考えなしかと思いきや瑠佳は意外によく観察している。
あたしたちぐらいになると、アイコンタクトだけでだいたい会話ができる。
そこでなぜか未優は黙ってしまった。
未優が学校で波風を立てたくないのはわかった。
ならばそれこそ「そんなことないよー」で流すとこでは。
未優はふたたびあたしに目線を投げてきた。アイコンタクトでのテレパシー会話だ。
うん……うん。なるほど、まったくわからん。
「そうそう、未優がかまってちゃんでさ~」
また机の下で未優のつま先がすねをつついてくる。
いやでもそこは流さないと変な感じになるから。
瑠佳があたしたちの顔を交互に流し見る。
「でもふたりともさ~、めっちゃかわいいよね。並んでると、はたから見ててもくぁ~~って感じ」
「いえいえ、そんなことないですって~」
未優様ほほえみバリアで跳ね返す。
かと思いきや、普通ににっこりしてる。ちょっと素出てません?
「だからちょっと、私が入ってくの、どうかと思ったんだけど」
「うん、そうだねぇ~」
未優様?
それだと同意しちゃってるけど大丈夫?
セリフ間違えてない?
「そんなことないって、瑠佳もかわいいって」
しかたなくあたしがかぶせてごまかす。
未優様は角立たないようにとかいっててやっぱり角ガッチガチだ。
「瑠佳のその髪型めっちゃ好き。かわいい」
「えっ、ほんと? うれしー!」
そのサイドポニーっていうの? けっこう手間かかってそう。いちおうあたしも女子の端くれだからわかる。
瑠佳は自分の髪を触ったあと、あたしの髪に手を伸ばしてきた。
「この長さならみさきの髪もできるよねー。一回やってみたーい」
毛先を指でさわさわされる。
なにか思うところあったのか、瑠佳は急に立ち上がった。あたしの背後に回って、髪を後ろでまとめてみせる。
「いい、いいよこれいい! うなじがえっち!」
瑠佳が一人ではしゃぐいっぽう、未優は無言で箸を口に運ぶ。運ぶ。
お弁当に視線を落としたきり、こっちを見ようともしない。
急に機嫌悪そう……あれ?
待った、これってもしかして未優……嫉妬してる?
よくよく考えるとこれって、嫉妬ってやつだよね?
直接話すと塩対応なのに、今日なんてあたしのことずっと監視してるし。 莉音だって、未優めっちゃ嫉妬してたみたいに言ってたし。
いまそれを改めて目の当たりにした。
やはりイチャイチャにも緊張感が必要なんだと思う。
あたしが他の子と仲良くする→みゆたんの嫉妬が加速。
さらに他の子とイチャる→みゆたんの中にあたしへの疑念が生まれる。
そして他の子を優先する→みゆたんNTRを味わう。Yandere化。
暗い部屋で一人膝を抱えているところに、みさきちゃんが帰って来る。「あたしはみゆたん一筋だよ」でキス。
未優デレる。堕ちる。完。
頭の中で一瞬にしてストーリーが組みたたった。
これぞダブルヤンデレ両思い。新しい扉開いちゃう。
てかこれ、まんま昨日のあたしでは?
でも試してみる価値はある。
あたしだって昨日ひどい嘘つかれたんだから、ちょっとぐらいやり返したっていいでしょ。
未優、三日天下ももたず、落つ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます