第21話

 一階の購買部の近く、自動販売機が数台並ぶスペースに到着する。

 付近にはベンチがいくつか置いてあって、どこもグループで賑わっていた。男女問わず、やかましく談笑する声が聞こえてくる。


「みさきちゃんなに飲む~?」


 財布を取り出しながら笑顔でたずねてくる。

 こなれた調子だ。ちゃん呼びは確定らしい。

  

 次期サッカー部部長のそこそこイケメン先輩にこんな扱いを受けたら、普通の女子なら悪い気はしないだろう。緊張でドキドキしちゃうかもしれない。

 しかし残念ながらあたしは普通の女子ではない。

 

「は? ファンタねーのかよ」

「……みさきちゃん?」


 立ち並ぶ自販機を睨んでいると、メガネをかけた男子が近づいてきた。

 口を隠すように手をそえながら声をかけてくる。


「……きみ、悪いこと言わないから高木はやめておいたほうがいいよ」


 高木というのは隣にいる先輩のことだ。

 ちなみにもうひとりいた野球部の彼は、ここに来る途中で女子に捕まっていたので置き去りにした。

  

「そいつはいろんな子にちょっかいを出しては……」

「おい、そこでなーにこそこそ吹き込んでんだよ」


 高木が軽く蹴りを入れる仕草をする。

  

「おうおうまたやってんのか高木ぃ~」


 近くのベンチで固まっていた男子の群れがぞろぞろやってきた。高木ともどもあっという間に取り囲まれる。


 やたら大柄なクマみたいなやつもいる。そこらの女子だったらビビってすくみあがっちゃうとこだ。


「なにも知らないいたいけな一年生に……」


 大男が言いかけて、あたしに目を留めた。口を半開きにして固まる。

 騒いでいた男子たちも急に黙って、謎の沈黙が走った。かわりに全身をじろじろと舐め回すような視線を感じる。


 変な目で見るなら蹴り飛ばすぞ? と全員に睨みをきかせる。が、踏みとどまった。美少女たるものそういう態度はよくない。


 あたしはとっさにスカートの裾をまっすぐに直した。胸を隠すように右手で左の二の腕を掴む。

 目線を合わせないように顔をうつむかせる。


「おいやめろよお前ら、みさきちゃん怖がってるだろ!」


 高木パイセンがあたしを守るように前に立った。

 ヤダカッコイイ惚れる……わけない。やっぱみさきちゃんって呼ぶのやめてもらっていいですか。


「大丈夫?」

 

 あたしを振り向いて、肩に手を触れようとしてきた。

 すばやく身をよじって避ける。あたしの動体視力を舐めてもらっては困る。触れた相手を惚れさせる能力の持ち主とかだったら触られるのは危険だからね。


「ほら怖がってるじゃん! お前らのせいで~……」


 いやお前が怖いんだよ。

 高木が責めるような視線を向けるが、男子たちは高木を押しのけて、あたしの前になだれ込んできた。

  

「きみ、部活とか入ってる?」

「い、いえ?」


 勢いよく来られて、のけぞりながら下がる。

 

「よし、じゃあ陸上部入ろう!」

「いやいや、テニス部だ!」

「チアリーディングとかどうだい!」 

「ヌードデッサン部しか勝たん!」

 

 やばい。囲まれた。

 

「俺カルピス買ったからあげるよ! 飲んで!」

「これもあげる! バナナミルクだよ!」


 俺も俺もで無理やり飲み物を押し付けられる。

 勝手に貢いでくるんですけど。急に姫プなんですけど。ていうかセクハラだろこいつら普通に。


 実はこういう扱いって、あんまりされたことない。中学の時は「おめえ生意気なんだよ」「おうなんだてめえ」みたいな感じだった。

 最初のころに「いや俺男だから?」と盛大にやってたせいでおとこ女みたいに言われて、女子扱いされなかった。


 今は前より髪も伸ばして、体も成長して、そもそもの女子度が上がったというのもある。

 けど急に女扱いされると困るというか、戸惑うというか、キモイというか。

 だってこの人たち、あたしに自分のバナナ食べさせたいとか思ってるんでしょ。ちょっとなあ~……。

 

「ちょっと男子~! なにを騒いでるの!」


 ちょっと男子~系女子が近づいてきた。

 奥のベンチで談笑していた女子グループだ。群がっていた男子たちはぱっと散り散りになった。パワーバランスがいまいちよくわからない。


「あっ、昨日の!」


 そのうちの一人が、いきなりあたしの顔を指さしてきた。

 すらりとした長身のショートカット。日焼けした肌に目元が凛々しいお姉さまだ。この人は覚えてる。

 下着でプール泳いだのがバレてめっちゃ怒られた。下着剥ぎ取られそうになって逃げた。怖かった。

 

「水泳部、入るよね?」


 あっという間に距離を詰めてきた。肩に手を乗せて、耳元に顔を近づけてくる。

 なぜか圧まじりの勧誘をされている。


「入るでしょ?」

「い、いやぁはは……」

 

 愛想笑いで顔を引きつらせていると、今度は女子グループに周りを囲まれた。おそらく全員先輩っぽい。お姉さま集団だ。


「え、か~わい~い~。誰~?」

「ほら、きのう話してたかわいこちゃん」


 かわいこちゃんておっさんか。ルパンぐらいしか言わんだろ。


「一年生でしょ? 何組? 名前は?」

「足長いね〜? 身長何センチ?」

「彼氏とかいるの?」


 集中攻撃を受ける。

 今度は背後からも取りつかれ、逃げ場がない。


「見てほら、腰の位置が別の生き物で草」

「下着で泳いだんだって? なかなかやるじゃん。今度一緒に裸で泳ごうか? 気持ちいいよ?」

「ちょっとスカート長めでは~? お姉さんはもっと短いほうが好みだなぁ~」


 なんか男子よりこっちの集団のほうが怖い。

 同性なのをいいことに、ベタベタ体を触ってくる。


 頭撫でられる。毛先を指で梳かれる。肩揉まれる。二の腕ぷにぷにされる。 

 おしり撫でられる。スカートめくられる。


「って、ちょっと!」


 あたしは振り向きざまに手を払いのける。

 下手人は両手を上げて引き下がるも、うふふおほほと悪びれもしない。 

 

「顔赤くしちゃってかわいい。肌が白いからわかりやすいねぇ」

「えーこのコ好きー! お持ち帰りした~い」

「じゃあアタシはここで食べるー!」


 一人がすばやく背中に回ってきた。あたしの腰元に手を添えながら、自分の下半身を前後に揺らし始める。


「あぁっ、いいっ、気持ちいいよぉみさきちゃん!」

「きゃははは! まじでやばいわこいつ」


 一人変な人がいる!

 いや一人じゃなくてみんな変な気がする!


「先輩、た、助けてぇ~」


 あたしは高木パイセンに助けを求めた。

 この人らに比べたら全然マシな気がしてきた。

 

「高木テメー! まーた粉かけてんのか!」

「失せろ! お前みたいなのにこの子はやらねえよ!」


 すぐさまお姉さまがたの口から火が吹き出た。高木は耳をふさぎながら逃げていった。うぇ~い、と勝利の歓声が上がる。


「ああいう変なのに声をかけられたら、すぐ言うんだよ?」

「お姉さんたちが守ってあげるからね?」

 

 あたしの頭をぽんぽんしながら、口々に言う。

 これは心強い味方ができた……のだろうか。

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