第14話
「しないの?」
ちょっとすねたような言い方。刺さる。
「し、していいの?」
あたしは童貞丸出しの質問をしてしまう。いや童貞ってわけじゃないけど。
未優はそれには答えず目線を落とした。
「あのさ、わたし、考えたんだけど。昨日はなりゆきでしちゃったけど。こういうのほんとはよくないよね。でも無理やりされたら、それはもうしょうがないかなって思う。どう? みさきは悪者になれる?」
聞かれて、思考が停止する。
え? それって、どういう意味なんだ……?
恋愛的な問い? 恋愛初心者のあたしには高度すぎて意図がわからない。
割り算がおぼつかないところに因数分解やってって言われてる気分だ。
世界を敵に回しても君を……的なノリ? いや壮大すぎる。
もしかしてあたしってアホの子なのか。
いや、これはきっと未優のいじわる罠質問だ。
ここで悪者はダメでしょきっと。そういう悪い子は嫌いでーすみたいにひっかけて落としてくるつもりでは。
「い、いや、あたしは正義の味方のいい子なので……」
「ふぅん、そ」
未優はふいっと回れ右をすると、部屋を出ていってしまった。
あれ? 選択肢ミスった? でも悪い子って、ダメじゃない?
はにゃ?
あたしは未優を追ってマンションを出た。
早足ですすむ未優にくっついて歩くという、結局いつもの構図だ。
しかしいつにもまして未優の足取りが早い気がする。
やっぱりなんか機嫌損ねた? わからん。
考えてもわからないことは考えても仕方ない。
とりあえずリセットしよう。さっきのはなかったことにしよう。
気を取り直して、なんとか挽回しないと。
昨日のあたしは「本気でみゆたんを落としてやるよ」とかドヤってその後なにもしなかったわけではない。
『女心 ツンデレ 落とし方 惚れさせる 女らしい キス エロい テク 上達 動画』
などといったワードを組み合わせてインターネッツ検索をかけていた。ちなみに検索履歴を漁られたらすぐそこの川に飛び込める。
検索履歴の消し方を調べていたら寝落ちしたことをいま思い出した。
『女の子は褒められるのが好き!』
なんかいろいろ書いてあったけど、恋愛レベル1のあたしには難しいやつばっかりだった。
唯一できそうなのがこれ。
あたしは未優に追いついて声をかける。
「みゆたんまってよみゆた~ん」
「おめめぱちぱちのきらきらだね」
「肌すべっすべのさらさらだね」
「唇ぷにっぷにのつやつやだね」
擬音を多めにおりまぜ語彙のなさをごまかす。
あたしが男だったらかなりアレなセリフである。
けれどスーパー美少女が言っているとなると微笑ましいものだ。余裕で許される。
未優はちら、とあたしを見て、
「……急になに?」
「いや、あらためて思ってね」
「それ、嫌味?」
「え?」
「わたしなんてみさきの足元にも及ばないし」
なんでそんな自虐?
足元にも及ばないなんてことは当然ない。どう低く見積もっても首元ぐらいまではある。
個人的にはもうどっちが上とか下ではなく、好みの問題だと思うけど。
「そんなことないでしょ。あたしなんてもう未優に生まれ変わりたいぐらいだから」
「……キモいんだけど?」
「みさき、キモい。略して?」
「みさキモ」
「あん肝みたいに言うな」
「自分で言わせてるでしょ」
あれ違うな。これ今までのやり取りに戻ってる。
てか今までってこんなしょうもないやりとりしかしてなかったのかと我ながら頭が痛くなってきた。
未優は見た目を褒められてもうれしくなさそうだ。それどころかさらに不機嫌になったご様子。
思えば未優はわたしかわいいアピールとか、全然してこない。女の子女の子した言動もあんまりない。
まあたしかにあたしと一緒にいると、あたしがちやほや言われる横でちょっと目立たない感じではある。
容姿褒めは地雷か。
というかそもそも、そういう回りくどいのがよくない。
そんなジャブを繰り出して様子を見る間柄でもないのだ。
あたしの分析によると、未優みたいなひねくれタイプはきっと直球に弱い。
だからもう、ここは一周回ってストレート勝負だ。
「未優、今日もかわいいよ。好き」
さっきも言わされて吹っ切れた。だいいちとっくにバレてるんだから、もう隠す必要はない。
好きな子にはっきり好きと言える。なんて気分がいいんだ。
「みゆちゃん好きだよ」
「みゆたん好き好きだいすき」
好き好き連呼しているうちに気持ちよくなってきた。なんか興奮してきた。まるで卑猥な言葉でも浴びせているような気分になる。変態では?
しかし肝心の未優はノーリアクションだった。
黙って前を向いたまま歩き続ける。
「ねえ、みゆぅ~~? きいてる?」
あたしは未優の横顔をのぞきこみながら声をかける。不本意ながらかまってちゃんみたいな甘え声になってしまった。でも無視されると不安だし。
すると、とつぜん未優が立ち止まった。うつむいたまま固まっている。
地面にお金でも見つけたのかと目線を追うがなにもない。
「スゥゥウウ~……」
よくよく見ると目を閉じて深呼吸している。
未優柱さんまた呼吸法使ってる。拳握りしめてる。
まずい退治される? と恐れおののいていると、まぶたを開いた未優と目があった。
未優は目をそらしながら言った。
「……あのさ、学校ではそれ、やらないでね」
「なんで」
「……やろうとしてた? そんなずっとスキスキ言ってたら変に見られるでしょ」
「あーはいはい、そっちね。秘密にしたいタイプね」
「オープンにしてどうすんだよ」
未優は周りの目が気になるらしい。
あたしとしてはべつに、女の子同士が好きあってるとか言われても、あらいいですねぇ~で終わりだけど。
まあ、ところかまわずイチャってたらヒンシュクを買うのは男だろうと女だろうと同じか。
「恥ずかしがり屋さんめ~このこの」
ほっぺをつんつんぷにぷにしてやる。
すぐさま未優の頬にさっと赤みがさした。ぺっと手の甲であたしの手を払って、
「あのさ、自分の立場、わかってる?」
「わかってるよ。吾輩はみゆたん好き好き星人だ」
未優はむぐっと口をつぐんだ。
必死に顔を作っているけど、照れてるのを隠しているのが丸わかりだ。かわいいやつめ。
勝てる。一気に方向性を掴んだ。キモいと言われようがもう突き進むしかない。
「未優は?」
「……ふつうの人間ですけど」
「みさきたん好き好きマンだぞ。やっつけちゃうぞ」っていう返しを期待したんだけどさすがに高望みか。
そうやってひねくれてくるのもある程度予想通りだ。
彼女が塩ってる答えは単純で、「わたしも好き」っていうのが恥ずかしいだけなんじゃないかな。
あたしみたいに一回トんじまえば新しい景色が見えるのはすぐだ。
「みゆたん好き!」からの「みさきたんちゅきちゅき!」となるのももはや時間の問題。
「ふふっ……」
あたしが笑いかけると、未優は目をそらして歩き出した。
スーパーイケメン美少女スマイルだ。昨日鏡の前で練習した。イメージ的にはなんかこう、周りにバラが咲いている感じ。
結局は言葉遊びなんかより力技よ。
このひねくれ女でさえ寝込みを襲いたくなるという顔面ですべてを解決する。苦手分野は捨てて得意を伸ばせってね。
目をそらされた先に顔を回り込ませる。
そらされる。回り込む。そらされる。回り込む。
赤の他人に見られると完全につきまとい事案である。
しかし残念ながらあたしはスーパー美少女だ。周りには美少女同士がじゃれているようにしか見えない。
「んもうっ、じ、じゃまっ!」
ついに未優の感情が動いた。
口では怒っているが頬には赤みがさしている。激かわいい。うれし恥ずかし感が漂っている。
ふたたび立ち止まった未優は、まっすぐあたしの顔に目を留めた。
急に真剣な表情だ。
お、やるのか? ついに真っ向勝負か。
あたしはここぞと超スーパー美少女スマイルを向ける。
未優の顔が近づいてくる。
――ちゅ。
「え……」
あたしの口から声が漏れたときには、未優の唇は離れていた。
優しい残り香が鼻をつく。
ぽかんとしていると、未優は一瞬、目の前で勝ち誇ったような笑みを浮かべた。それきり何も言わずにすれ違って、先に歩いていってしまう。
あたしはがくり、とその場に崩れ落ちた。
不意打ちとは卑怯なり。斬り捨て御免。
さっきこういうのはよくないとか言ってたのはなんだったの?
もう女の子の考えること難しい。わかんない。
けど過程はどうあれ朝から路チューとか勝ち組では?
負けて悔いなし。むしろ勝ち。
あたしはみさキモ顔で後を追った。
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