第13話

 スーパー美少女の朝は遅い。

 この体、信じられないほど朝に弱い。かといって夜に強いというわけでもない。テレビと電気つけっぱで寝落ちする確率は七割を超える。朝の三時ぐらいに一回目が覚めていろいろ消して目覚ましセットするの忘れてまた寝る。


 どうやらスーパー美少女というものは活動限界時間が短いらしい。

 一見完全無欠と思われるあたしには、こういうこまごまとした欠点がたぶん108個ぐらいある。


 単にあたしがぐうたらとかなまけものとか社会不適合者とかそういう話ではない。

 これは優れた力を得るために与えられた制約であり、枷である。

 おそらくあたしは、スーパー美少女になるのと引き換えに、神からデバフを受けたのだ。


 あたしはかつてさえない男だった、もしくは男だったと思いこんでいるのも、そのデバフの一つと考えれば実は腑に落ちる話なのだ。


 その代償として、こうして超仮説を生み出すスーパー美少女脳を得たわけだ。

 物事は何事も等価交換なのである。

 質量保存の法則だ。中学で習った。


  

 しかし。

 そんなあたしが。

 早起きしたのである。


 これを過ぎると遅刻するかもしれないという時間より二十分ほど早く。

 未優が半ギレで迎えに来るであろう時間より十分ほど早く。


 なぜそんな奇跡が起きたのか?

 それはもちろん、みゆたんデレ落とし作戦の一環にほかならない。

  

 遅くまで惰眠をむさぼるという情けない姿をいつも彼女には見せてしまっている。

 なのでここらで一つ、いいところを見せてやろうと奮起した。文字通り覚醒した。

 愛の力は偉大である。


 起こされる前に朝の準備もすっかり済ませて、やってきた未優に向かって「おはよ。コーヒー飲む?」なんつってデキるイケメン風に出迎えたらさしもの未優も一発でメス顔になるに違いない。オーバーキルしてしまうかもしれない。


 寝ぼけ眼でベッドをおりたあたしは、フラフラの足取りでリビングへ向かった。

 起きるには起きたが眠くないとは言ってない。状態異常を食らったFPS視点みたいに視界が歪んでいる。

 

 ほげーっとしながら、菓子パンを口に放り込む。

 あくびを噛み殺しながら、制服に袖を通す。

 

 着替えを終えたあたしは、半目でリビングのソファにもたれかかっていた。

 やっぱり眠い。気を抜くと寝る。


 ……あ、そういえばコーヒー用意しないと。

 って思ったけど、あたしって神デバフ(スーパー美少女になるために神から受けたと思われるデバフ)のせいでヒーコー(スーパー死語)飲めねんだわ。


 こーひーにがいにがいなの。においもやーやーなの。

 ファ◯タオレンジとかならいくらでも飲めるんだけど。


 コーヒー作戦は変更だ。勝手なイメージで語りすぎた。そもそも未優がコーヒー飲んでるとこなんて見たことがない。


 あたしは自分の部屋に戻ると、ドアを半開きにしてその陰に潜んだ。

 ここでターゲットを待ち伏せする。


 未優はおそらく寝起きドッキリのごとくあたしを起こしに来るだろう。

 部屋に入ってきたところに後ろからいきなり抱きついて、耳元で「おはよ」とスーパーイケボを浴びせる。

 

 顔を真赤にした未優は、その場に膝から崩れ落ちる。あたしは「危ない」と未優のカラダ(変換しないほうがいやらしい)を支える。

 抱き合うような形になり、お互い見つめ合ってしまう。


 そして自然と、二人の唇と唇は近づいていき……暗転。 

 あらやだ、遅刻しちゃうわ。






「……さき、……みさき?」


 遠くから名前を呼ぶ声がした。

 よく聞き慣れた、心地いい声だ。


「ん、んぁ……?」


 あたしは田舎のおじいちゃんみたいな返事をしていた。

 ぼやけた視界がだんだんと鮮明になっていく。


「……気がついた? みさき、立ったまま寝てたよ?」


 制服姿の未優が心配そうな顔であたしを見ていた。手を伸ばして、頬を軽くぺちぺちとしてくる。


 はっとして、ようやく頭が回りだした。

 あたしは開いたドアの陰、部屋の隅っこに寄りかかって立っていた。


 すぐにやらかした、と思った。

 まさかの寝落ち。いや落ちてはいないから寝立ち。

 動揺をさとられまいと、あたしは予定通りの低音イケボであいさつをする。


「おはよ」

「おはよ、じゃないよ。もう、びっくりしたんだから」


 なぜか部屋の隅で立ったまま寝ている制服姿の女。

 未優からしたらちょっとしたホラーだろう。


「なにやってるの? 着替えは終わってるけど……リボン曲がってるしボタンずれてるし。だらしないなぁ」


 未優は手を伸ばしてあたしの襟元を正した。

 なんかこれ、いつもと一緒のパターンになってる。あたしはすかさずアピールをする。


「今日はちゃんと起きてるよ、偉いでしょ。惚れ直した?」

「直す以前の話だけど」

「惚れた?」

「ん~~……」


 未優はなんとも言えない顔であたしを見た。思ったより微妙な反応だ。

 てっきり褒めてくれると思ったのに。

 えらいえらいで頭ナデナデしてもらえると思ったのに。


「別にいいよ。それは」

「エッ?」

「みさきはわたしが起こしてあげるから」


 なぜに? 

 そういうだらしないとこをどうにかしろって話だったんじゃないの。


「ほら、遅れるから行こ」


 いつもの調子で促してくる。

 なんか、やっぱり普通だ。今まで通りだ。


 まるで昨日のこと、なにもなかったかのように振る舞ってくる。夢か何かだったのかなって思うぐらいに。

 

 あたしは未優に告白して。

 未優の返事は、よくわかんないけど保留になってて。 

 

 でもキスだってした。今までとは、関係が変わってるはずだった。

 だから今日もなにかあるかなって、ちょっと期待してしまった。

 

「みさき、どしたの? ぼうっとして」

「いや、なんか……」

「愛しのみゆちゃんに見とれた?」


 とつぜん未優が挑発でもするように口元を緩めた。

 とたんにカっと顔が熱くなる。


 やっぱり夢なんかじゃない。

 昨日の続きだ。

 これは昨日の未優だ。


 ちょっと見下ろすように、からかってくる感じ。

 今までと違うのは、笑顔に余裕がある。目がきらきらしてる。楽しそう。


「好きな人と近くで見つめあって、ドキドキしてる?」


 そう言われて、急にドキドキしてきた。

 未優の顔から目が離せなくなる。

 

「みさきは、みゆのこと、好きなんだよね?」

「うん、好き……」

「みさきは、みゆが好き。はい、繰り返し」

「みゆが、好き……」

「みさきは、みゆが大好き。はい」

「みさきは、みゆが大好き……」


 まるで催眠にでもかけられたようにあたしは復唱していた。

 でも嫌じゃない。気持ちを認められたみたいで、うれしい。


「んふ、よくできました。じゃあ、ご褒美」


 未優は満足そうに笑うと、ゆっくり目を閉じた。

 かすかに顎を上げて、唇をつきだす。そのまま動かなくなった。


 え、これって……どういうこと? 

 キス、するの? あたしが? 

 していいの? できるの?

 

 昨晩頭の中で、何度も思い浮かべた。

 ずっと手の届かない相手だと思っていた想い人。

 好きな子の、好きな人の、唇。感触。

 

 されただけだったけど、次は自分からしてみたい、なんて考えていて……けど実際目の前にすると。


 昨日はNTR疑惑とかもあってあたしは半分自暴自棄になってて、いろいろメンタルおかしくなっていた。


 だからいま、冷静になった朝。

 こうやって顔近づけるだけで照れる。恥ずかしい。

 脈がおかしくなる。手汗がすごい。

 

 ためらっていると、未優はゆっくりと目を開いた。

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