第12話

 みさきと別れて帰宅するなり、わたしはまっすぐ二階の自分の部屋に向かった。

 ドアを閉めて、勉強机にカバンを置いて、ベッドに近づく。


 枕元には両腕で抱えられるぐらいのクマのぬいぐるみが置いてある。それにみさきの部屋から盗んだ……じゃなくて借りたTシャツをかぶせている。

 

 この子の名前はみさたん。 

 わたしはベッドにダイブすると、押しつぶすようにみさたんを抱きしめた。顔を胸元に押し込んで、腹に溜め込んでいたものを吐き出す。


「ウオオアアアアアアアアア!」


 みさきと両思いになっちゃったなっちゃったああああ!

 イヤアッホオオオオオオオウウウウ!!

 さいっこおおおおおおおう!!

 いよっしゃあああああああああああ!!!!


 雄叫びをみさたんのお腹に埋めながら、両腕で体を締め上げる。足をバタバタさせる。

 ひとしきり叫び終えると、わたしは呼吸を荒げながら顔を上げる、


「はぁ、はぁ……」


 窒息死するかと思った。心臓ドキドキのバクバクだ。

 でもわたし、今までよく耐えた。よくぞこらえて帰ってきた。

 もうちょっとでこれをぬいぐるみじゃなくて本人に向かってやるとこだった。何度も。

 

 せっかく告白されたのにいきなり「出して」しまったら、ドン引きされてしまうかもしれない。やっぱ今のナシされてしまうかもしれない。

 だから逃げてきた。


 それにしても本当に素直じゃない。

 みさきに好きって言われて、そのままわたしも好きって返せばいいものを、なんだかややこしいことにしてしまった。

  

 好きなんでしょ? みたいに上から言われて、ついカッとなってやった。

 寝込み襲ってたのバレててめっちゃ恥ずかしかった。ごまかしたかった。

 反省はしている。後悔もしている。


 あとはなんか、直感だ。

 単純に恥ずかしかったのもあるけど、なんとなく、嫌な予感がした。

 わたしのこういう直感はよく当たる。

 

 具体的になんなのかって言われたら、自分でもわからないけど。

 みさきから告白されたとき。

 

 なんかこいつ……浮気しそう。

 そんな予感が一瞬頭をよぎった。


 だって口で好きって言われたぐらいじゃ安心できない。口でならなんとでも言えるし。

 みんなに言って回ってる可能性だってないとは言い切れない。いい顔してみせるのうまいのは知ってる。


 今になって、わたしの判断はあながち間違いでもないような気がしてきた。

 今日だってちょっと放っておいたら、すぐにわたし以外の女の子とイチャイチャしているし。

  

 けれどべつに、本気で中身を直してほしいとかは思ってない。 

 みさきはそのままでいい。だってわたしは、今のありのままのみさきが好きなんだから。

 ていうか、みさきはそういうとこも含めてかわいいんだし。


 ……なんて聖人ぶりました。

 本当はちょっと直してほしいとこある。

 口が悪いのとか、行儀悪いのとか。すぐ調子乗ったりするとことか。

 

 あとは、みんなと仲良いのやめてほしい。

 わたし以外にも優しいのやめてほしい。


 わたし以外と話すのやめてほしい。

 わたし以外を見るのやめてほしい。

 わたし以外のこと考えないでほしい。

 

 ……あれ? ちょっとどころじゃなくていっぱいあるな。

  

 とにかく、わたしも好き大好き、なんてやったら絶対調子のりそう。

 わたしが振り回されて、嫉妬して病む。

 いいように利用されて、最後はぽいって。なんかそれ目に見えてる。

 だって幼馴染って、なんかそういう扱い多くない?

 

 だからここはひとまず、おあずけにして。

 付かず離れずの距離で様子を見て、彼女の本気度を確かめる。

 ついでにわたしのことしか見えないように調教しちゃおっかな☆

  

「んーっ……」


 わたしはみさたんの鼻? 口元に唇を押し当てる。


 みさきたんの唇ぷるっぷるのやわらかのもっちもち!

 初チュー! 初キス! いただきました! おいしゅうございました!


「……もういつでもキスできちゃうね?」

 

 みさたんのあごを手でくすぐるように撫でる。

 彼女は(彼?)つぶらな目で物欲しそうな表情をしている。


「どうしてほしいの? ゆってごらん?」


 ねっとりボイスでささやく。

 ついにみゆおじが外に出てきてしまった。止まらない。


 でも逆に言えばとっさの行動に出れたのも、こうした普段の演習のたまものかもしれない。みゆおじに感謝。


「ん? えっちなチューしたい? する?」


 初めてだったけど、うまくできてたかな?

 でも上手だねって褒められたし、そうそうあのときのみさきの上目遣いたまらなかったエロッかわえええ!


 たまらずみさたんに馬乗りになったわたしは、両肩を押さえつけて顔の上から見つめ下ろす。


「ほら、舌出してごらん?」

「……姉ちゃん?」


 横合いから声がしてわたしはとっさにベッドに倒れ込んだ。その拍子に布団ごと滑って床に転げ落ちた。


 受け身を取って回転し、そのまま勢いを殺さず片膝立ちになる。

 わたしは身構えながら、立ちつくす外敵を睨みつけた。


「……なに勝手に部屋入ってきてんの?」

「い、いやいや、何回もノックしたんだけど?」


 低い声で聞くと、弟の悠真(ゆうま)はたじろいだ。

 こっちは別の「領域」に入ってるんだからノックなんて聞こえるはずがない。

  

「……いつからいた?」

「い、いや、ついさっき?」


 目をそらされた。

 ベッドの上はドアから若干死角になっているとはいえ、声を聞かれた可能性はある。


 わたしは立ち上がった。

 自分より身長の高い相手を威嚇するように見つめる。


「なに? なんか用?」

「いやあの、飯……呼んでる」

「あっそ。すぐ行くから」


 しっし、と手を振る。

 すぐ出ていくかと思ったら、悠真はうなじをかきながら言いにくそうに口にした。


「あ、あのさ、みさきさんちにいたの?」

「そうだけど?」

「今って、一人なんだっけ?」

「うん」


 最低限の返事ですませる。

 黙ってしまったので、うながす。

 

「それが?」

「あーっと、その、俺も今度、あ、遊びに行こうかなって……」

「なんで?」

「な、なんでって、べつに……」

 

 悠真はわたしの二つ下。中学二年生。

 弟の分際で一丁前にみさきに好意があるらしい。丸わかりだった。


 当然みさきは友達の弟としか思っていない。

 でもゲームとかで遊んで、変に仲良かったりする。だから勘違いさせる。


 みさきはもと男を自称するぐらいだからノリが合うのか。

 今ふと思ったけど、もしかしてみさきは男になりたかったのかな? かわいい女の子に囲まれてハーレムとか、そういう願望がある?

 やっぱりちゃんと手綱を握ってないとダメだね。


「みさきさん最近あんまり、顔見てないなぁーって」

 

 友達の弟がなんか言ってる。

 一見すると哀れな男だけど、全然そんなことはない。

 勉強の成績は優秀。テニス部でエース。

 人当たりはよく、高身長でスタイルもいい。

 

 わたしにはそんなに似てないけど、ルックスも優れている。

 いろいろ全部盛りで、それなりにモテるらしい。

 今年もバレンタインのチョコだって言って本命っぽいの3、4個もらってきた。

 去年だってわたしもクラスメイトの女子に紹介して、とか言われてめんどうだった。

  

 でも彼女はいない。断ってるらしい。

 みさきには脈ないんだから、もうその中から選べばいいのに。


「前にゲームの対戦負け越したままだから、リベンジしようかなって……」


 この回りくどい感じ、自分から行くのは下手らしい。

 恋愛っぽい話はふだんまったくしないんだけど、ここは早めに介錯してやるのが姉としての優しさだろう。

  

「あのさ、みさき好きな人いるって」

「えっ……」

「あんたじゃないよ」


 間髪入れずに釘を刺す。

  

「やっぱ、そういう人いるんだ……」


 みさき自身もそういう色恋っぽい話は全然しないから、意外だったのだろう。 

 ま、それわたしなんですけどね。

 なんだろうこの優越感すごい。やばい。

  

「それって、誰……」


 気になるらしい。

 あれ、でもそうか。

 突き詰めていくと、わたしたちのこと、隠し通すなんて無理だ。いずれにせよわかることだし。あとに引く気もないし。

 わたしは自分の顔を指さした。

 

「わたし」

「は?」

「わたしもみさきが好き」


 ぽかんと口を開けた悠真は、すぐに納得顔でうなずいた。


「あぁ~まあ、仲良いもんね」


 よかった。受け入れられた。

 わたしは正直に言ったし。なんか勘違いしているのが悪いし。

 

「姉ちゃんこそ、彼氏とかは?」

「なんで」

「いや、友だちが聞いてきてうざいから」


 かくいうわたしもモテるらしい。

 わたしみたいなのの、一体どこがいいんだろうね。


 まあ、単純に見た目がいいからか。それは自覚ある。それっぽく振る舞うこともできる。多重人格の疑いがある。


 悠真のおかげか、男子の考えていることとか、なんとなくわかる。変な幻想も抱かない。それで大人びて見えるのかなとか。 

 てかやっぱわたし性格悪すぎ?


「わたし、年下興味ないから」


 そういうと、悠真はまた黙ってしまった。自分から聞いてきといてなんなの。

 でもなんか、こういう話いつもしないから変な感じはする。


「お姉ちゃん誰かに取られたら、や?」


 ふざけてからかってみる。

 

「いや、わ、わかんねーけど……」


 何を顔赤らめてるのか。

 そこは「ねーわアホかキモっ」って言うでしょ普通。

 意外にこいつ、気が多いのでは? 


 女の子みたいにまごついた悠真は、一度わたしを見て、それからベッドの上で事後みたいに横たわっているぬいぐるみに視線を走らせた。

 

「あのさ、姉ちゃんって……獣が好きなの?」

 

 わたしは足元の座布団をひっつかんで投げた。さらにベッドにあった枕も投げつけた。

 悠真は頭をかばいながら、逃げるように部屋を出ていった。

 

 鍵、買ってきてつけようかしら。

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