第11話

「どう? おいし?」


 エプロン姿の未優が、テーブルに座るあたしの隣で首をかしげてくる。

 優しい声音。優しい笑顔。

 天使だ。控えめに言って天使。

 

 それから数年後。

 あたしたちは紆余曲折の末、お互い家を出て、二人きりの幸せな同居生活を始めていた。

 Fin。

   

 という妄想に浸れるぐらいに未優のエプロン姿は萌える。いや燃える。

 制服にエプロンって、エプロンに合わせる中で考えうる限り最強の組み合わせでは? 

 裸エプロンとか言っちゃうのはまじでセンスない。かなわない願いに対する嫉妬とかではなく。

  

「ねえ、聞いてる?」

「じゃあ間を取って下着エプロンで」

「……なにが?」


 あたしはリビングで未優お手製オムライスをいただいていた。

 脳内では数年が過ぎていたが、実際はあれから小一時間ほどしかたっていなかった。


 みゆたん軽く落としたるわ宣言をして意気込んでみたはいいものの、その直後「みさきおなかすいた? なんか作ろうか?」「作って、食べる―!」ですっかりいつも通りに戻っていた。


 イケメンらしく「あたしも手伝うよ」と進み出たのだが、「わたしがやるからおとなしく待ってて」といって拒否られた。


 早くも方向性がわからなくなってきている。

 しかしここらで一つ、何かかましてやらねば。


 料理の感想を求められたあたしは、言われてグッと来るような甘々セリフを吐いた。


「未優の手料理は最高だよ。もう未優ごと食べちゃいたい」

「……」

「みゆたんはどんな味するのかな? このオムライスみたいにふわふわとろとろかな?」

「……」


 みゆたん引いてない?

 ほんとにだいじょうぶかこの方向性で。

  

「未優はご飯食べないでいいの?」

「わたしはいいの。あとで家で食べるから」


 といってテーブルに頬づえをつきながら、あたしが食べるのをじっと眺めている。

 そんなふうにずっと見られてると食べづらい。


「あの……食べづらいんですけど」

「なんで?」

「いや、ずっと見てくるから……」

「嫌なの? 好きな人に見られてるのに?」


 にまっと唇の片方が上がる。

 悦びのみゆたん顕現。

 

 なんかそれ、ずるくない?

 あたしだけ一方的に好きなのバレてるみたいな。本当は自分だって好きなくせに。 


「むしろそんなに見つめてくるって、未優こそ絶対あたしのこと好きじゃん」

「かわいい女の子は好きって言ったでしょ? みさきが黙って食べてるのを眺めてる分にはいいの」

「つまりお前はしゃべるなと。キモいこと言うなと」

「もぐもぐしながら話さない。お皿カチャカチャ鳴らさない」


 気づいたらいつものペースに持っていかれる。

 あたしのこと好きでしょって煽っても冷静に返してくる。そもそも未優がこう、顔真っ赤にして取り乱したりする姿が想像つかない。

 

「ひとくち食べる? あーん」


 あたしはオムライスをすくってスプーンを差し出した。 

 未優はスプーンの先を見て、あたしの顔を見た。目線をテーブルに落とした。


「……いいよ、わたしは」

 

 なぜか恥ずかしがっているようだ。恥ずかしがるポイントが謎。

 

「ほらほら、みゆたんあーん」


 あたしはここぞと攻める。

 今思うと、こうやってあーんして食べさせるとか、お互いしたことがない。基本陰寄りのあたしたちは、そういうの冷めた目で見てるタイプだったから。


 未優は何度かあたしの顔とあーんされたスプーンを見比べていたが、いきなり立ち上がった。

 

「じゃ、そろそろ帰るから」

「えっ、もう帰っちゃうの?」

「だってご飯遅くなるし」

 

 ソファにおいてあったカバンを担ぐと、そそくさとリビングを出ていこうとする。

 あたしはすかさず未優のブラウスの袖を掴んだ。

 

「やぁだ! みゆたんまだかえっちゃや!」


 ここぞと上目遣いをしながら甘えロリボイスを発する。

 スーパー美少女のあたしはこういう芸当もできる。媚び売るのダサいと言っておいてなんだが使えるものは使う。自分でやってちょっとぞわってなるけど。


 足を止めた未優は、じっとあたしの顔を見下ろしていた。

 なにやら鬼気迫る表情だ。口をぎゅっと結んだまま言葉を発しない。

 

 さすがに狙い過ぎか? 

 いきなりなんなのキモっ、とか思われてる?

 てかなんか未優さん拳握りしめてない? もしかして殴られる? 修正される?


 ママンにもぶたれたことない……いやそれはあるけど、もしかして未優も告白されたとたんDV彼女に豹変する?


「スゥゥゥウー……」


 未優は目を閉じて、なにやらふかく息をついた。

 鬼退治をするときのあれかな? 未優柱さん?


「き、今日はとりあえず、帰るから……」


 逃げるように身を翻した。

 どうやら今の呼吸で感情を静めたらしい。助かった。


「じゃあ、送るよ送る!」

 

 あたしはオムライスの残りをかきこんで立ち上がった。

 今までのあたしならここで「んじゃねー」と見送っていた。

 未優の家はすぐ近くとはいえ、冷静に考えるとわりとクズい。たぶんそういうとこだな。そういうことを未優は言ってるんだろう。




 

 マンションを出ると、外はすっかり陽が落ちていた。街灯の明かりがなければ真っ暗だ。

 6月に入っていたけど、夜になると急に気温が下がる。長袖でもちょっと肌寒い。


 勢い込んでついてきたはいいものの、特にこれと言って会話がなかった。あたしたちは黙々と路地を歩いていた。

 さっきまで家で騒いでいた熱が、夜の空気で一気に冷めたようだった。

 

 寒いから手握ろ? なんて言おうかさっきからずっと迷っている。

 それより無言で握ってしまう方がスマートか。キュンとくるか。

 

 あたしは暗がりで未優の顔色をうかがった。

 未優はおすましモードに戻ってしまったみたいで、ちょっとふざけるノリじゃなさそうだ。


 あたしは変に空気を読んでしまっていた。というか未優の放つ空気に飲まれていた。

 そのうちに未優の家の前に到着してしまった。我ながらヘタレである。

  

 未優の家は大きな二階建て。広い敷地をぐるっと塀に囲まれていて、立派な門構えと庭がある。しかも別棟までついている。 

 住宅地が並ぶここら一帯でも、ちょっとした豪邸だ。

 未優は門の前で立ち止まった。

 

「ここでいいよ。ありがと」


 未優にしては素直な物言いだった。

 いっつも送ってくれないのに珍しいねぇ? とかチクチクされるかと思ったけど素直だ。

 とっさになんて返したらいいかわからなくなって、親指を立てて返した。

  

「じゃあ送ってくれたみさきに、ご褒美あげよっか。……目、つぶって?」


 嫌味どころかご褒美。

 目つぶってってこれはもしや……別れ際にちゅっとされるやつ?

 

 あたしは言われるがままに目を閉じた。

 ややあって、まぶたごしに気配が近づくのがわかる。

 ドキドキ。ワクワク。


「ふっ」

「ひっ……」


 耳に息を吹きかけられて、あたしはのけぞった。

 目を開けると、いたずらっぽく笑った未優が下からのぞきこんでくる。


「ざ~んねん。キスすると思った?」


 思った。超思った。

 ガチ抗議しようかと思ったけど、なんも言えなかった。

 すっかり未優の雰囲気というか、場のムードに飲まれていた。


「うふ、かわいい」


 ぼうっとしていると、頭を撫でられた。

 かわいいと言われるのは嫌いじゃない。その相手が好きな人ならなおさら。


「こうやっておとなしかったら、文句なしにかわいいのになぁ~」


 うれしい。気持ちいい。もっと撫でてほしい。

 けど顔は、上目遣いにむっといじけてみせる。だって意地悪なこというから。


 ……はっ。

 あぶない、頭撫でられてメス顔になりかけた。こんなの即落ち二コマじゃん。

 違う違う逆逆。あたしが撫でるほうだから。未優にメス顔させるほうだから。

 

「じゃね。バイバイ」

 

 未優は最後にあたしの頭をぽんぽんとやって、そのまま手を振った。

 あたしはなんとか手を振り返して、門に向かって歩いていく彼女を見送った。

 

 胸がキュってなった。追いかけていって抱きつきたくなった。

 けどそれは嫌がられるような気がしたから我慢した。えらいあたし。


 ……それにしても、うーん。

 これはあれだな。意外にやってみると、難しいな。


 頭ではわかってても、実際その場面になるとってやつ。妄想は得意なんだけどオラの体がもってくれない。


 いやいや、でももう完全にフラグ立ってるはず。

 未優だってあたしのこと、ほんとは好きなはず。両思いのはず。そうだよね? ね? ね?(不安)

 まずい、またYandere発症しそうになった。

 

 まあいずれにせよだ。

 このスーパー美少女のあたしが、あっという間に惚れさせてやるよ。それこそあたしなしでは生きていけなくなるぐらいに、デレッデレのドロンドロンしてやる。待っとけみゆたん。(数時間ぶり二度目)


 ……いやいや負けフラグとかじゃなくて本気で。

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