第10話

「ちょ、ちょっと待った! そうはいうけど、未優、寝てるあたしに、き、き、キスしてたでしょ! 寝込み襲ってたでしょ!」


 あたしにはこの切り札があった。

 ずっと胸に秘めておこうと思ってたけど、このカード切らないともう向こう上がっちゃう。ゲーム終了しちゃう。


 あたしがそう切り出すと、未優の頬がピクっとひきつった。

 ポーカーフェイス……かと思えば、耳がだんだん赤くなっている。

 いける。効いてる。これはまだ逆転ある。


「……気づいてたんだ」

「そうですぅ~バレバレですぅ! 未優そんないじわるばっかり言って、ほんとは俺……あたしのこと好きなんでしょ! ねえ! ねえねえねえ!」


 ここでふたたびYandere発動。

 未優はヤンデレ女に迫られた主人公のようにうろたえるかと思いきや、堂々と言い返してきた。

 

「みさきの見た目は文句ないの。つい寝込みを襲いたくなっちゃうぐらいには」

「何を開き直っとるか」

「だけど、中身がぜんぜん駄目。かわいくない」


 つまり中身に問題ありということで?

 でもあたしってべつにかわいさで売ってないし。かわいいよりもかっこいい寄りだし。


「わたし、おしとやかでかわいい子が好きだから。みさきがもっと女の子っぽく、かわいくなったら、考えてあげる」


 そういって未優はまた笑った。

 余裕たっぷりな笑顔……妖艶、とでもいうべきか、なんかエロいというか。ゾクっときた。

 あたしのYandere(笑)なんて目じゃない。本物感ある。 


「い、いやでも、もっとかわいくなったらって、あたし十分かわいい女の子じゃん。スーパー美少女じゃん」

「かわいい女の子は自分でそういうこと言わないから」

「っていわれても、具体的になにをどうしたら……」

「その自覚ないのほんとヤバイ。まず俺って言うの禁止ね?」

「それはとっさに出ちゃうんだから、しょうがないじゃん」

「ずっと前から言われてるでしょ? ……ほらその足! 開かない!」


 未優はぴっとあたしのふとももを指さした。スカートから伸びた足がだらしなくあぐらをかいている。

 あたしは慌てて膝を閉じて座り直した。未優の視線が首元に刺さってくる。

 

「ブラウスの胸元開けすぎ。グラビアでも撮るつもり?」

「これは、動いたときに暑かったから……」

「あとなんか、みさきプールみたいな匂いするんだけど」

「そりゃあ、プール入ったからね」

「……なんで? なにしてるの? 初キスがプールの匂いとか、台無しなんだけど? いつもいい匂いにして?」


 怒られた。

 でもあたしがそんな自暴自棄行為をしたのも、もとをたどれば未優のせいだ。


「だって未優が寝取られたと思って……。もうちょっとでサッカー部のやつに処女奪われるとこだったんだよ?」

「だからそういう変なのもやめて? なにしてるの本気で」

「だって未優が……」

「だってだってって、言い訳しない。まずわたしに逆らわないのは絶対条件だから。わかる?」

「逆らわないって、それ……なんか、あたしが罰ゲームみたくなってるじゃん」

「ふぅん、嫌なんだ? みさきがわたしのこと好きって、その程度なんだ」

「そ、そんなことないし! 好きだし!」


 前のめりに訴えると、未優の口元がにんま~りと上がっていく。


「じゃあ、ちゃんとできたら……ご褒美あげるから」

「ご褒美?」


 あたしが聞き返すと、未優はベッドの上に座り直した。肩を寄せて、顔を近づけてくる。


 ためらうことなく、あたしの唇に唇を触れさせてきた。ちゅ、ちゅ、と小さく音を立てて、繰り返し口づけてくる。

 

 ずっと好きだった相手とのキス……のはずなのに、いまいち実感がなかった。あたしはただ、されるがままになっていた。


 あまりに急なことで、まだ頭が追いついてないのかもしれない。現実みがないというか、夢を見ているみたいな。


 やがてゆっくりと顔が離れた。

 未優は舌で自分の唇をなぞったあと、すぐ目の前で聞いてくる。


「これ、嫌?」


 あたしはううん、と首をふる。


「もっとしたい?」


 うなずく。


「されたい?」


 黙ったまま、目を見つめ返した。

 なんでか声が出なかった。けど、いまのはどう見ても肯定してしまっている。


 未優はあたしの肩を抱くようにして、引き寄せた。今度はあたしの上唇を唇ではさんで、押しつぶしてくる。柔らかい。いい匂い。

 

 なにかやり返したくなって、あたしは見様見真似で唇を動かした。

 けれど余計なことはするなとばかりに、上からかぶせられるように唇を吸われた。

 

「はい、おしまい」


 すぐに唇を離した未優は、楽しそうに笑みを浮かべていた。

 見たことのないような表情をしている。愉悦みゆたんは、あたしになにか感想を求めているみたいだった。

 正直に思ったことを口にする。


「未優、じ、上手だね……」

「そう?」

「……彼氏と練習したんだ?」

「それは嘘って言ったでしょ。すごい根に持つね?」

「じゃあ、他の子としてた?」

「だからしてないって。初めてだよ? みさきが初めて」

 

 あ、やばい。

 いま胸が、ぎゅうううってなった。

 苦しい。つらい。幸せ。

 

「みさきちゃんよかったでちゅね~? 好きな人と初チューできて?」


 思いっきりからかうような口調だったけど、うれしくて仕方なかった。

 あたしは素直にうなずいた。


「うん。未優はこれからあたし以外としたらダメだからね」

「なんでいきなり束縛?」

「あたしほんと無理だから。寝取られとか」


 今回のことで悟った。

 いやむしろキミ素質あるよとか言わないでほしい。病みさきルートのほうが面白そうとかないから。

 あたしの考えを見透かしたかのように未優は笑った。

 

「う~ん、でもそれは、みさき次第かなぁ? わたしのこと、好きなんでしょ? なら、わたしがほかに見向きもしなくなるようになってみせて?」


 なんだか口調がいちいちエロい。

 あの未優にしては珍しく饒舌だ。けどなんか芝居がかった感じがして、ちょっと違和感。

 

 いつも口下手な未優がこれだけ話すってなると……これって、もしかして。

 このセリフとか、前もって考えてたのかな? とかって思うと、かわいすぎない?


 さっきからなんかごちゃごちゃ言ってるけど、やっぱ未優って絶対あたしのこと好きだよね。

 ほんとにその気がなかったら、こんなめんどくさいこと言うはずないし。


 まったく素直じゃないんだから。だがそれがいい。

 せっかく未優が筋書きを考えてきたんだから、ここはノッてあげるとするか。


「ふっ……見てなよ未優、すぐに俺以外目に入らなくなるぐらい惚れさせてあげるから」

「だから俺って言うなって言ってるでしょ」


 これまではあたしなりに配慮があったのだ。未優は普通に男が好きだと思ってたから。

 でもそうじゃないなら、もう気兼ねする必要はない。


「え~でもそしたら、みさきのかわいいとこいっぱい見れるのかなぁ? 楽しみ~」


 能天気に拍手なんてしてくる。

 未優にしてみたら、うまいことあたしを手玉に取ってやった、ってとこなんだろうけど。

 

 はたしてそううまくいくかな? 

 この流れ、こっちはこっちで逆に利用してやろう。策士策に溺れるというやつだ。


 おしとやかでかわいい? またまたご冗談を。

 あたしは未優の顔色をうかがって媚びへつらうつもりはない。だいたい元男が女子の言いなりになって尻尾ふるなんてカッコ悪すぎでしょ。

 

 ここはスーパーイケメン美少女のあたしがちょっと本気出して、このひねくれ女を軽くデレッデレに落としてやるとするか。

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