第5話
わたしの席からはみさきの席が見える。斜め前の窓際だ。
我ながら神がかった席順だ。授業中でもみさきを違和感なく視界に入れられる。みさきは振り返らないとわたしが見ていてもわからない。
みさきは基本、授業をまともに聞いてない。古典なんてなおさら。
今もテキストを立てて、漫画を読んでいる。
彼女は大の漫画好きだ。
戦うやつとか。バトルとか。殺し合うやつとか。
血の気の多いものを好む。あとスポーツものとか。
少女マンガは面白くないっていう。
どれもやってること一緒だし。少年漫画読むほうが今どきの女子じゃんって。てなると少女マンガって誰が読んでるんだろうね、とも。
わたしたまに読むんだが? が?
「んふふっ」
吹き出すような笑い声がした。
いまは授業中だ。先生が黒板に板書をしている静かな時間。
「今誰か笑ったか?」
先生が教室を振り返った。
窓際のみさきがヤバっ、と教科書を立てて、顔を伏せた。でもマンガがはみ出している。
先生はすぐみさきに向かって、
「おい、古典的な隠し方をするな」
「古典の授業だけに?」
「面白いかそのマンガ」
「おもろいです。あとで貸しましょうか」
「立ってろ」
「はぁい」
「マンガは置け。立ち読みするな」
どっとクラスに笑いがおきた。
もうなにやってんだか。自分のことみたく恥ずかしい。
でもみんな好意的だ。先生だって注意はしたけど全然怒ってない。むしろあれでみさきは気に入られている。
わたしは絶対あんなことできない。
まあ、あの子は狙ってやってるとかじゃなくて、素なんだろうけど。
やっぱり、嫌でも目を引く。
こういうことがあるたびに焦る。そわそわする。
わたしだけじゃなくて、こうやってみさきを見ている人がいるかもしれないって。
まあ、それは今に始まったことじゃないんだけども。
誰かに、取られたくない。
けれどわたしたちの間に、確たるものはない。
今のこの関係に落ち着いて、これ以上なにもありそうにない。待ってるだけじゃ、なんも変わらない。
だからなんか、いつもと違うことを言ってみたくて。
今日はやられっぱなしで、ちょっといじわるしてやりたくなって。
けどいきなり彼氏できたとかって、さすがにやりすぎたか。焦りすぎか。 半分冗談のつもりで、三割いじわるで、二割ちょっと試してやろうぐらいの気持ちだった。
ていうか、ほんとはすぐ「うっそぴょーん」って言おうとした。
未優は面白くない。笑いのセンスがない。ってよくみさきが言うから、ジョーク。
その前に、「いやいやいきなり彼氏できたとかないわ」って冷静にツッコまれると思ってたけど、みさきのリアクションは違った。
いつからとかどこの誰とかどうしてとかどっちから告白したのとかぜんぜん聞いてこなくて、「おめでとう」とか言いやがった。
なんかムカッときたから、そのまま無視して歩いて教室まで来た。正直へこんでる。
お昼はいつもみさきと一緒に食べる。昼休みになると、むこうがわたしの席にやってくる。でも今日は寄ってこなかった。
「あれ未優今日ひとりー? あっちでみんなで食べようよー」
かわりに莉音が寄ってきた。
こいつ、つええな。この強メンタル見習ったほうがいいかも。
莉音に連れられて席を移動する。
めっっちゃおとなしい子が困惑顔で座っていた。わたしと同じ被害者かも。
「まじでさ、すっげーの。その人からリプきたの!」
莉音のワンマントークを聞き流しながら、お弁当を広げる。
わたしはちらちらみさきの様子を見ていた。
みさきは自分の席で、ひとりで食べてるみたいだった。
朝のやり取りのあと、あれから一言も口をきいてない。いつもは休み時間とかにもちょくちょく話しかけに来たりするのに。
向こうが話しかけてこないと、わたしからは話しかけにいかない。だから会話がない。
なんで? 彼氏できたとか言ったから?
仮にほんとに彼氏ができたとして、いきなりこうなるのっておかしくない?
なにがあたしはもと男だよ。
どこがだよ。男どころか女々しすぎるでしょ。すぐへそ曲げるちっちゃい女の子か。
……やっぱりわたしって性格悪い。へそ曲げた子供なのはわたしも一緒だ。
でもちょっとしたおふざけで、こんなことになるとか思わないし。
みさきのとこに行こうか迷う。
やっぱり悪いのはわたしだし、はやく謝ったほうがいいよね。
「いやいや、そんなことないって!」
窓際の方からみさきの声がした。
ひとりでおとなしくしていたかと思えば、みさきの席のかたわらには別の女子生徒の姿があった。
あれ誰だっけ。とっさに名前出てこないけど、クラスメイト。けっこう目立つ子。髪も目立つ色をしている。
「プトーと会長ならぜったい会長だって! ぜったい勝つって!」
みさきはやけに熱く語ってる。漫画の話かな?
JKはあんまり最強談義とかしないと思うけど、相手の子も話にのってる。楽しそう。
「すっごー! みさきってガチ勢じゃん!」
し・た・の・な・ま・え・で・よ・ば・れ・て・る。
しかも呼び捨て。
騒いでたかと思ったら、ふたりでスマホを突き合わせてなんかやりはじめた。
今度はゲーム? もしかして連絡先とか、交換してる?
自然と頬がひきつっていく。
ふーん。そうやってすぐ、乗り換えられるんだ。
いいですねぇ、人気者は。
これでもわたし、みさきの身の回りの世話とか、面倒とか、見てきてあげたつもりなんだけど、なぁ~……。
もういらないのかな? わたし用済みかな?
そうだよね、めんどくさい女だもんね。今日だって。今だって。
向こうがどう思ってるか知らないけど、どのみちきっとわたしなんかじゃ、みさきには釣り合わない。
彼女はわたしがいないほうが、もっとずっと人気者になれる。
はぁ~あ。
どっちにしろ、いつかはわたしの手を離れていっちゃうんだとしたら。
みさきが寝てる間に、両手を縛ってベッドにくくりつけて。
馬乗りになって耳をぺろぺろしてほっぺをぺろぺろして首をぺろぺろして鎖骨をぺろぺろして脇をぺろぺろして胸をぺろぺろしておへそをぺろぺろしてみさきが起きたら唇を吸って黙らせて触ってほしいっていうまで一番気持ちいいところは触らないでじらして……。
「……あの、未優? どうしたの? 顔怖いよ?」
気づくと莉音が少し怯えた目でわたしを見ていた。
はっと、我に返る。
……え? なに今の。怖い。わたしも怖い。
みゆおじに次ぐ新人きた。サイコミユでてきた。
「え、そう?」
わたしは口角を上げて唇を曲げてみせた。怖いって言われたけどもともと笑ってたみたいだった。
「あっ、べつに……なんでもない」
莉音は目をそらしてうつむいた。隣にいたおとなしい子が泣きそうな顔になった。
ああ、暗黒微笑ってこういうやつね?
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