第6話 おばあちゃんと忘れられた女の子
神社暮らしにも慣れ、仕事も順調にこなせるようになった。掃除しかしてないから覚えることが簡単なだけだけど。
最近、夏が近いせいか日照りがきつくなってきた。ちょっと外にいるだけで汗が垂れてくる。
「日和様の力で曇りとかにできないんですか?」
「神の力はそうやすやすと使っていいものではないぞ。人間やこの世界に対する過度な干渉はしてはならんからな。あまりにもきついなら部屋にいてもいいんじゃぞ」
「いや、これくらいなら大丈夫ですよ」
「前もそうやって体をダメにしたのを忘れたのか?そういう奴ほど簡単に体を壊すんじゃぞ」
嫌な顔をしながら痛いところをついてくる。
「わかりました。少し中で休もうと思います」
渋々日和様の言うことを聞き入れ、部屋の中に入る。
居間に戻って麦茶を飲む。心地いい風が風鈴を奏でている。
「そういえば、この部屋エアコンもないのにやけに過ごしやすいですね」
「それはわしが年中過ごしやすくなるように神の力で細工しておるからじゃな」
「…さっき神の力は簡単に使ったらだめって言ってませんでした?」
「自分自身のために使う分にはこの世界に何の影響もないから問題ないじゃろ」
なんの悪びれもなくお茶を飲む。その堂々っぷりにそういうものでいいのかと変に納得してしまう。
日和様と雑談したりテレビを見たりしていたら外がいい感じに涼しくなってきた。
「それじゃあそろそろ掃除の続きをしてきますね」
「またつらくなったらすぐに休むんじゃぞ」
いつも通り鳥居から本殿までの道を掃く。
毎日やっているおかげで眩い岩肌がキープできている。
ほかは見るに堪えない状態ではあるけど。
これらも直したいのはやまやまなんだけど、社の板を張り替えるのも背の高い鳥居を綺麗にするのも荷が重すぎる。
もっといい感じの神社にしたいんだけどなぁ。
あれこれいい方法を考えていると、森の道から誰かがこっちに向かってくるのが見えた。
こんな辺境な地に人が来るなんて珍しい。
こんなところまで来るのはどんな人だろうと目を凝らす。
見覚えのある人影に面食らい、気が付けば足が勝手に走り出していた。
「おばあちゃん!こんなところで何してるの⁉」
小さいころからよく面倒を見てくれていろんなものをくれたりしてくれた優しい私のおばあちゃんだ。
そんなおばあちゃんのことだから私のことを探しに来たんだろう。
でも、誰にも行き先を伝えていないはずなのにどうしてここがわかったんだろう?
「こんにちは。見ない顔だねぇ。新人さんかい?」
「見ない顔って…私だよ、理沙だよ!」
「理沙…?はて、そんな名前の子は覚えがないねえ」
「そんなことないでしょ。服は全然違うけど、私だよ!」
ずっとおばあちゃんに訴えかけるけど、おばあちゃんは首を傾げたままだ。
「そうじゃ、こやつは最近うちに来たんじゃ。わしが一人前の巫女になれるように面倒を見ておる」
騒ぎを聞きつけたのか、日和様が私とおばあちゃんの間に割って入る。
「やっぱりそうですか。大変だと思うけど、頑張ってね」
結局おばあちゃんは私のことを思い出すことはなく、私たちに一礼すると手水舎に向かった。
何が起こったのか理解が追い付かない。私の事忘れちゃったの?物忘れが激しいわけじゃなかったのにどうして…
「もうこの世界でおぬしのことを覚えとるやつはおらん」
「え?どういうことですか?」
「知らんのか?神と深い関わりを持つと普通の人間として生きていくことはできん。わしと契約した時点でこの世界から理沙という存在はなかったことになっておる」
「なんですかそれ?そんなの聞いてないですよ!」
「そうなのか?てっきり知ってて巫女になるのを承諾したのかと」
衝撃の事実に開いた口が塞がらない。私はもう人間じゃない?
いや、きっと変わった服装をしていたからわからなかっただけ。そうに違いない。
おばあちゃんはそんな私の気も知れず、賽銭箱を雑巾で拭いている。
「日和様はおばあちゃんとはお知り合いなんですか?」
「ああ、月に一度こうしてお参りに来る。お供え物を置いて行ったり掃除してくれたりするから助かっておる」
おばあちゃんそんなことしてたんだ。全然知らなかった。
掃除を終えたおばあちゃんは、賽銭箱に小銭を入れ、鈴を鳴らした後に社に向かって手を合わせた。
「それでは、私はこれで失礼しますよ」
「いつもありがとうな。気をつけて帰るんじゃぞ」
おばあさんの背中が遠のいていくのをじっと見つめる。
この時私は、本当に忘れられた存在だということを実感した。
小降りの雨が止むころに 雨蛙/あまかわず @amakawazu1182
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