第2話 巫女服姿と狐の手料理
中に入ると儀式をする用なのか少し広い部屋になっていた。
外とは打って変わってきれいだ。床はつるつるでごみの一つもなく、壁も真っ白。
中のきれいさに感動しているうちに女の子はそのまま部屋の横に続く廊下に入っていった。私も急いで後を追う。
「体が濡れたままじゃと風邪をひくじゃろう。ここでゆっくり温まっておくとよい」
開かれたドアの先は洗面所、そしてお風呂。
神社の中にこんな生活感のあるものがあることにも驚きだが、お風呂があまり見たことのない木造になっていたにも驚いた。
「それじゃあわしはほかの準備をしてくるからの」
女の子は私を残し、どこかへ行ってしまった。お言葉に甘えて言われた通りにお風呂に入る。
お風呂のぬくもりが体の芯にじんわり広がり、辺りから漂う木の香りが頭の中を空っぽにしてくれて気持ちいい。
でも、落ち着く場所のはずなのになぜか落ち着かず、すぐに上がってしまった。
お風呂場を出ると女の子がいろいろ持って待っていた。
「どうじゃ、温まったか?」
「はい、とりあえずは…」
「では、これに着替えてもらおう」
女の子が広げた服は予想通り神社といえばの巫女服だった。
「私、巫女服なんて着たことないんですけど…」
「大丈夫じゃ。わしに任せておけ」
私は女の子にされるがままになり、あっという間に巫女服姿になった。
「ふむ、こんなもんでいいじゃろ」
「ありがとうございます。あの、なんてお呼びすればいいですか?」
「そういえば名乗っておらんかったな。わしの名は
「私は
「好きなように呼んでくれてよい。それに、そんなに堅苦しくなくともよい。普通に接してくれてよいぞ」
「神様にそんな態度をとるにはいきませんよ」
「べつによい。逆にそんな風にされると息が詰まる。敬語なんか必要ないぞ」
「そうですか?…わかりました、努力してみます」
「まあよい。次はこっちじゃ」
また連れられてさっき通った広い部屋に戻ってきた。
「そこに座ってくれ」
言われた通り床に正座をする。すると今度はお祓いなどでよく見る白い紙がついた棒を持った。
「お祓い…ですか?」
「まあ、お祓いとか諸々じゃな。神に仕えるのならば、清い体でなければならんからな」
日和様は何かを唱える。日本語ではあるけど昔の言葉のようで何と言っているか私にはわからない。
唱え終わると棒を私の頭の上で振った。
「…よし、これで終わりじゃ」
その言葉を聞いた瞬間、一気に束縛から解放された様な感じがした。これがお祓いの力?
「それで、仕事って何をすればいいんですか?」
「そうじゃな…。考えておらんかったな。とりあえず境内の掃除でもしてもらおうかの」
「…それから?」
「後は家事全般とかじゃな」
「そんな仕事でいいんですか?」
「何か不満か?」
「そうではなくて、もっと神社らしい仕事をするのかと思ってました」
「そんなに神事があるわけではないからの。まあ、その時になったら何か頼むじゃろうからその時はよろしく頼むぞ」
「はい、わかりました」
「いい返事じゃ。ではそろそろご飯の準備でもしよう。手伝ってくれるかの」
「もちろんです」
台所は昔のように土間にかまどがある。真ん中に置かれた台の上にはいろんな食材がある。
「おぬしは何か食べたいものはあるか?」
私は自分のお腹に何が食べたいのか聞いてみる。
「そうですね…肉じゃががいいです」
「よしわかった、肉じゃがにしよう。おぬしは料理はできるのか?」
「それなりにはできます」
「では野菜を切ってくれるかの」
「わかりました」
私が野菜を切っていると日和様はかまどに火をつけ始めた。慣れた手つきであっという間に火が燃えあがった。
「次は火の加減を見ておいてくれるかの」
私はかまどの火の前に腰を下ろす。米を炊いているであろう釜のふたがコトコト鳴っている。
その横で日和様は私の切った野菜を煮ている。
話でしか聞いたことないかまどを使って料理をする大変さを肌身で感じる。日和様はいつも一人でこれをやってるんだろうか?
気が付くと台所中が醤油の香ばしい匂いであふれかえる。
日和様がお玉で肉じゃがの味見をしている。
「うむ、いい味じゃ。これで完成としよう。そっちはどうじゃ?」
釜のふたを取る。中には銀色に輝いているほかほかの白米が湯気を躍らせている。
「こっちもいい感じにできたみたいじゃな。ではこれを今に並べておいてくれ」
私は白米と肉じゃがを皿によそって生活感のある居間の真ん中にあるちゃぶ台に並べる。
その間に日和様は味噌汁を作って漬物と一緒にお盆に乗せて持ってきた。
「では、いただくとするかの」
「はい、いただきます」
出来立ての肉じゃがの中から主役のじゃがいもに箸を伸ばし口の中に運ぶ。ほくほくになったじゃがいもに醤油がしっかりしみ込んでいる。
続いて口に残った醤油味をお供にご飯をほおばる。白米もふっくらしていて粒がしっかりしている。ほんのり甘みがあって肉じゃがと合う。
ご飯の温かさが体に染み渡る。
「どうじゃ?口に合うか?」
「はい!とてもおいしいです!料理上手なんですね」
「まあな。長いこと一人で料理をやっておるから上達もするじゃろ」
「日和様はここに住んでどれくらいなんですか?」
「そうじゃな。だいたい百年くらいかの。よく覚えてはおらん」
「百年ですか。やっぱり神様なだけあって長いですね」
「おぬしらからしたらそうかもしれんが神達からしたら新参のほうじゃ」
「じゃあお若いんですね」
「うーむ…神には老いとかの概念はないんじゃが歴で言うとそうなるの。おぬしは今いくつなんじゃ?」
「十六です」
「若いのう。まだまだこれからじゃな。おぬしはこれからやりたいこととかないのか?」
「やりたいこと、ですか…」
私は味噌汁を口いっぱいに含み、ゆっくり飲み込む。
「…特にないですね」
「そうか。それもこれから見つけて行けばよい」
話をしているうちにあっという間にご飯を食べ終え、空になった食器を持って台所に入る。
食器を洗い終わって居間に戻ると日和様はお茶を飲みながらテレビを見ている。
「神様もテレビなんて見るんですね」
「なんじゃその偏見は。この世界に住んでおるんじゃからテレビくらい見るじゃろ」
日和様はふてくされた顔で答える。
「すみません。意外だったんでつい」
「まあよい。おぬしも今日は疲れたじゃろ。おぬしの部屋に案内しよう」
日和様は私を連れて別の部屋に案内した。そこは畳と机、押入れがあるだけの部屋だった。
「ここが今日からおぬしの部屋じゃ。自由に使ってよいぞ」
中に入ると部屋中に畳の匂いが広がっており、不思議と安心する。
「押入れの中には布団が入っておるからの。それじゃあわしはさっきの部屋におるからなにかあったら呼んでくれ。ではまた明日な」
「はい、おやすみなさい」
ふすまが閉まると、日和様の足音が遠くなっていった。
一人取り残された私はすることもなく、押入れにあった布団を敷いて横になる。
勢いでこんなことになったけど、神様に仕えるなんてやっぱりおかしい。何かの間違いじゃないのか?
私、もしかして騙されてる?
そんなことを考えているうちにいつの間にか目の前が真っ暗になった。
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